西武西武渋谷店

2014年6月18日(水) Think College Vol.20

ブラインドサッカーに学ぶ ~コミュニケーションの考え方~

講師:松崎 英吾 / 日本ブラインドサッカー協会 事務局長

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ワールドカップイヤーの今年、11月に渋谷でもうひとつのサッカー世界選手権が開催されるのをご存知ですか?

ブラインドサッカーは、ゴールキーパー以外の選手全員がアイマスクをつけて行う5人制のサッカー。目の見える人も、見えない人も、同じフィールドで一緒に楽しめるユニバーサルスポーツです。
視覚情報を得ていないにも関わらず、迫力満点のスピーディーな試合展開で、驚くほどのプレーを見せる選手たち。見えないのにどうやってボールを蹴ったり、パスを受けたりできるのでしょう?

その秘密は、音が出る特殊なボールや仲間の掛け声。聴覚をはじめとした視覚以外の感覚をフルに研ぎ澄ませてプレーするんです。
この"音で蹴る"サッカー、見えない状態でチームワークを発揮しなければならないスポーツである点からコミュニケーションの研修にも活用されています。

世の中の課題に取り組む人のお話を聞いて、一緒に考える講座シリーズ「Think College」。
今回の先生は、日本ブラインドサッカー協会の事務局長を務める松崎英吾さん。

見えないからこそ、見えてくること。一緒に考えてみませんか?

講 座 レ ポ ー ト

ブラインドサッカーとは?

松崎

はじめまして、日本ブラインドサッカー協会、事務局長の松崎です。事務局長と聞くと、どれだけオジサンが出てくるのだろうと思われて、いつも期待を裏切ってしまうのですが、30代半ばくらいで頑張ってやらせていただいています。本日はよろしくお願いします。

さて、ブラインドサッカーについて実際に見たことがない方も多いと思いますので、まずはこちらの映像をご覧ください。

いかがでしたか?
私たちは情報の8割を視覚から得ていると言われていますが、見えていないにも関わらず、驚きのあるプレーだったのではないかと思います。よく第六感があるのではないかということもいわれるのですが、決して第六感があるわけではなくて、私たちが目に頼っていると使わなくて済んでいるような感覚などを意識深く使っています。

ピッチに立つ4人のフィールドプレイヤーがアイマスクを付けていたのはお気づきでしょうか?
「見えない人なのにアイマスク?」とよく言われるのですが、見えない度合いにもいろいろあって、例えば、今、目をつぶっても、蛍光灯の方を向くと明るく感じますよね。それを”光覚”というのですが、光も全く感じられない視力や、光を感じるくらいの視力など、見えにくさにも幅があるので、完全に同一条件にするために、アイマスクをしています。ちなみに本格的にやる場合は、アイマスクの下にさらにアイパッチと呼ばれる、バンドエイドのようなものも付けて、見えない状態を作っています。

また、お気付きのとおり、ゴールキーパーは見える人がやっていました。見えない状態の人が、見える状態の人からゴールを奪うというのも、普段とは逆の、パラダイムの変換があるのかもしれないと感じています。

またアイマスクをせず、敵陣ゴールの後ろに立っている人がいたと思うのですが、コーラーというガイド役です。ゴールはこっちなどと手を叩いたり、作戦・戦術的な指示をしたりなど、攻撃サイドに対して指示をしています。

キーパーとコーラー、それから真ん中に居るコーチ、この3人が見える状態で試合中に声を出していい人です。誰も彼もが出すと、うるさくて混乱してしまうので、この3人が声を掛け合いながら、そしてチームメイト同士でコミュニケーションしています。
(註:より詳しいルールについてはこちらをご参照ください)

ちなみに、ブラインドサッカーは2004年からパラリンピックの正式種目にもなっています。2004年は、日本はそもそも出場権自体をどうやって取るのかも分からない状態だったのですが、2008年、2012年に関しては、予選には出場したものも敗れてしまいました。

2012年に関しては、あと少し、0点で抑えていれば本選へいけたのですが、後半の間にイランに2点、入れられてしまいました。ドーハのときの日本と同じです。その悔しさを胸に、次のリオデジャネイロを目指しています。

私たち、日本ブラインドサッカー協会では、日本代表チームの「強化」や、国内の競技者の「育成」、「普及」などを行っています。私たちのいう「普及」は「ブラインドサッカーを知らない視覚障がい者にその楽しさを知ってもらう」ことです。

盲学校 ―正しくは視覚特別支援学校ですが― は、全国に70校弱あって、実は2008年まで、そのすべてにサッカーゴールがないという状態でした。つまり盲学校ではサッカーはやられていなかったのです。
ですので、「サッカーをやりたい」と言った子どもたちが選択肢の一つとしていつでもプレイできるように、用具の寄贈や講習会などを行っています。

また、審判を育成したり、大会の運営なども行っています。ブラインドサッカーの現場は、多くボランティアの手によって創られています。今日ご参加の皆さんも、もしご興味あればぜひ。
(註:ブラインドサッカー協会のボランティアについてはこちらをご参照ください。)

私たちのミッションは「ブラインドサッカーに携わるものが障がいの有無にかかわらず、生きがいを持って生きることに寄与すること」。これは少し特徴的だと思うのですが、”障がいの有無に関わらない”で、広げていこう、楽しんでもらおうということです。

先ほどの「普及」の話でもお伝えしましたが、盲学校にはゴールがなかったのです。これは僕の原体験ですが、ある盲学校に行ったときに、「今からブラインドサッカーの体験会をやるよ」と言いました。視覚障がい者の子どもたちが何人か居たのですが、小学3年生の女の子がピシッと手を挙げて、質問してくれました。

なんとそれが「ボールは蹴ってもいいのですか」という質問だったのです。遠いどこかの国ではなくて、この日本にボールを蹴るものだと思っていなかった子がいました。結構、僕にとってはショッキングな出来事でした。その子は先天的に目が悪くて、サッカーなどの情報はテレビなどから入ってきてはいたものの、自分の活動する体育などでは、基本的にボールは手で扱いなさいという指導を受けていたのです。ですので、足で蹴るという発想自体がなかったのです。

この体験から、「ボールを蹴ることは楽しい」という、もう本当に当たり前過ぎるところから伝えていくことも大事なんだと思いました。まだ少なからず、本当に少ないのですが、ボールを追い掛ける楽しみを享受できていない子もいるのだということが、普及活動の原点になっていたりもします。

実際、この後、この子が初めてボールを蹴った瞬間に立ち会いました。ほんの少ししか転がらないヨボヨボのシュートだったのですが、その子はその場でキャッキャッ飛び上がって喜んでいたのです。僕も忘れていたのですが、蹴ることは本当に楽しいのです。赤ちゃんからやっと立ったばかりでも、ボールを蹴って、ずっと蹴り続けている小さい子どももいますよね。それぐらい原点だけれども、楽しいものです。そして、楽しいだけでなく、サッカーとして、子どもたちの運動能力や社会性を向上させるプログラムとしてもしっかりと評価され、学校で導入いただくように頑張っているところです。

ボクらは偏見にあふれてる。

松崎

ひとつ質問です。
佐藤さん・鈴木さん・高橋さん・田中さん、この四つの名字でお知り合いの方はいらっしゃいますか?

もうひとつ質問です。
お知り合いで障がい者の方はいらっしゃいますか?

実は、視覚に限らず障がい者全般でいくと、大体20人に1人、日本の総人口の6パーセントくらいいらっしゃいます。何が言いたいかというと、先ほどの四つの名字の人たちも、実は20人に1人、人口の7パーセントくらいです。パーセントはそう変わらないのに、お知り合いの数でいうといかがでしたでしょうか。障がい者の方となかなか出会いにくいという状況が、社会制度の中から生まれている状態ではないかと思っています。

僕はいつも視覚障がい者のことを話すのですが、大切な前提条件としては「僕らは偏見を持っている」ということ。なぜなら出会っていないし、よく理解するきっかけもないわけです。ですから、いざ出会ったときに、どうしていいか分からないのです。つい見知らぬふりをしてしまうというのは、実は当然の行動であって、だからこそ、いい形で出会っていくことが必要なのではないかと思います。

実際、高校生に『視覚障がい者と聞いてどう思いますか』と、アンケートを採ってみました。結果は『やっかい』『会話が通じない』『大変そう』『暗い』『1人で行動できない』『結婚できない』『おしゃれではない』などでした。

視覚障がいだったら、そういう傾向を帯びやすいというものも多分あります。『大変そう』などです。できないことも多いかもしれないです。けれども、『近寄りがたい』や、『結婚できない』などは、視覚障がいが原因かというと、その人のパーソナリティーも含めているので、何とも言えないですよね。 でも高校生などに、「ざっくばらんに、どう?」と聞くと、このような答えが返ってくるのです。やはり出会っていないと、 “視覚障がい”というステレオタイプでくくってしまいがちです。

そういう形で世の中で出会っていくと、何が起こっているかというと、例えばうちの視覚障がいを持つ選手の話なのですが、職場で交わす会話は「おはようございます」と「お疲れ様でした」の2言だけだったそうです。他の会話はなくても成立するような環境。そこで働きがいがあるかというと、当然ないですよね。ちなみに、就労意欲を持つ視覚障がい者の2割くらいしか、今、働けていないという現状もあります。

また、今、視覚障がい者の子どもは普通の学校で一緒に過ごそうという傾向にあります。大局としてはいいことだと思うのですが、その結果、5年間、体育は見学だったという事例が報告されています。
安全のための配慮だったと思うのですが、こうして知らないことが“お化け”みたいなものになってしまう。これが一番問題なんじゃないかと。

障がいに対しての心のバリアは、確かにあると思います。
ただ、私がここで皆さんにこれから3時間話しても、そのバリアを取れるかといったときに、僕は取る自信は全くありません。理屈では、みんなきっと分かっていると思うのです。理屈で分かることと、ふに落ちて、実際、行動できることは違うのではないかと思っています。

僕らとしては、ブラインドサッカーは視覚障がい者が楽しんでくれて、自立のきっかけにもなってくれると同時に、こうして皆さんなどの、普段、障がいに関わりのない人たちに、どうやって障がいを捉えてもらうかという、ある意味、有力なツールなのではないかと思っています。

さきほどブラインドサッカーの映像を見て、驚いた表情をされていた方が何人もいらっしゃいました。ブラインドサッカーという“コンテンツ” ―もう“コンテンツ”とまで言ってしまいます― は、障がいに関心をもってもらうきっかけという意味ではすごく大事だと思っています。

障がいの有無にかかわらず、一緒に楽しむこと。笑顔で出会うことは、すごく大事だと思っています。やはり障がいは深刻な局面で出会うことが多いです。そこを、あえて僕らはサッカーというツールを使って、笑顔で出会ってしまおう。そういう出会い方が、僕らの入り口としての役割ではないのかと考えています。

それと、価値観がひっくり返るような体験をしてもらうというのが、僕らの役割なのではないかと思っています。ブラインドサッカーを体験することで価値観はきっと変わります。目隠しをしてボールを蹴ること。僕らは目をつぶるだけで、8割もの情報を失える。このわかりやすさは、僕らがこの取り組みを伝えていく上での強みとして活かしていかねばならないと思っています。

僕はブラインドサッカーをはじめとして、いろいろな障がい者のスポーツと関わっていくということは、自分たちの将来のためであるというのは、間違いないと思っています。

なぜなら、僕らも老いたら障がいを負いやすいからです。そのときに自分の子ども、孫、隣人から、どのようなまなざしで見られたいかといったときに、僕らが行動を起こしていくことが、自分たちが障がいを負っても生きやすくなること、そのようなところにつながるのではないかと思っています。

ブラインドサッカーを通じて、障がい者への見方、マインドセットを変えていくというのが、ブラインドサッカーの社会的に課された役割なのではないかと思っています。ですので、実は「世界一を取る」ということは活動のビジョンにはなっていなくて、サッカーを通じて、視覚障がい者と健常者が交ざり合う社会を作る、ごく隣に居て当たり前、隣に来たときに、普通に気配りができて当たり前、そのような社会を目指していくというのが、ブラインドサッカーの競技も両立させながらの役割なのではないかと思っています。

世界選手権へ向けて

松崎

とはいえ、世界一もきちんと目指しております。2024年には世界一であるという目標を掲げています。なぜ「2024年」なの?とよく突っ込まれるのですが、なぜなら、2020年の東京オリンピックが決まる前に立てた目標だったので、2024年になっています。前倒すかどうかは今検討中です(笑)。

繰り返しますが、競技面でしっかりと世界に勝ちます。今年、この渋谷で世界選手権をやります。スポーツに与えられた使命として、障がいがあっても「光」の部分をがあるということを、しっかりと見せていくというところが大事だと思っているからです。

日本ブラインドサッカー協会が実際に行っている、具体的な活動も少しご紹介したいと思います。僕たちはスポーツと教育のかけことばで「スポ育」と言っているのですが、普通の小学校で、出張授業としてブラインドサッカー体験を行っています。体育館で障がい者と一緒にボールを使いながらワークをするものです。

昨年でいくと、年間350件ぐらいやっています。ほぼ毎日です。春休み、夏休みもあるので、1日2、3件みたいな感じです。なぜ、これをやるかというと、やはり障がい者との出会いの入り口として、ブラインドサッカーを通じて笑顔で出会ってほしいのです。

ブラインドサッカーを視覚障がいの選手たちとプレイすると、「自分たちが障がいを持った人たちを助けなければ」などと、ある意味、見下していた存在から教わることになります。子どもにとって見ると、価値観がひっくり返るような体験だったりします。

また、ブラインドサッカー体験を企業研修としても行っています。ダイバーシティは大事だといわれつつも、それ自体の価値を分かっていなかったりするので、伝わっていなかったり、ふに落ちていなかったりします。そんな中、僕らは見えない体験をツールとして使っていただいて、コミュニケーションの大切さ、多様性の大切さ、それからチームを作るとはどういうことなのだろうなど、そのようなことを体験いただいています。

それと、誰でも実際にブラインドサッカーを体験できる場も設けています。ブラインドサッカーのホームページをのぞいていただくと、オフタイムというバナーがありますので、そこをクリックすると、月に5回、6回ぐらい、渋谷ではなくて恐縮なのですが、高田馬場で私たちはオープンの体験、実際にブラインドサッカーを体験して、そこから皆さんの気付きや学びになるようなプログラムを提供しています。

こうした事業による収益を何に使うかというと、世界一を取るためです。
これは2012年の年間の国際試合数です。

2013年には日本は5試合しか国際試合を行っていません。世界のトップのブラジルは35試合もやっています。私たちからすると、これでどうやって世界一を取れと言うのだと思います。

選手自身はそのようなことは言いません。私は支える側なので、この差を埋めるのは何か、一つはお金も大事です。なぜなら20人が遠征しなければならないですから。この試合、経験の差を埋めることなしに、世界一を取れないですし、2020年に皆さんに感動を提供できませんので、そのような支援の仕方もございますという意味で、紹介させていただきました。

今年の11月、この渋谷で世界選手権があります。まだあまり詳細はリリースできていないのですが、11月の勤労感謝の日を挟む、22(土)・23(日)・24(月)の3連休を最終日に、延べ9日間ぐらいに渡って開かれます。

ブラジル、スペイン、アルゼンチン、フランス、トルコ、パラグアイ、コロンビアなど、本当にワールドカップを今まさに盛り上げているような国が、やはり強いです。日本は過去の世界選手権で最高7位なのですが、今大会ベスト4を目指してしっかりと勝ち抜けたいと思っています。

NHKホールの手前ぐらいに代々木体育館があります。代々木体育館の角にフットサル場があって、そこに特設スタンドを作るのですが、なんと席数がマックスで2500ぐらいしか設けられません。日本戦に関しては、売り切れ必至だと僕は自負しておりますので、ぜひ興味を持ってくださった方は、ブラインドサッカーのホームページでメールマガジン等に登録いただければうれしいです。

参加された皆さんからの質問

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安全にするために守らなければいけないルールと、これをなくしたらつまらなくなってしまうというルールとが、どんな折り合いで、このブラインドサッカーは作られてきたのですか。

松崎

安全というと、視覚障がい者にとっての安全と捉えていいですか?

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そうですね。

松崎

視覚障がい者のスポーツは、安全配慮のスポーツ設計の歴史でもあります。つまり何かというと、攻撃と守備が入り交じると、ぶつかり合ってしまうので危ないです。ですから攻撃と守備は分けましょうという発想です。それから味方同士でも接触が少ないよう、攻撃と守備を分けて安全性を高めて、味方同士でも接触しないようにします。そんなふうにして安全配慮のルールを築いています。

そう考えると、見ていただいたとおり、ブラインドサッカーは攻撃と守備が入り交じるばかりか、味方同士も入り交じります。実は導入されてまだ10年少しなのですが、導入されたころも、今もなお少しあるのですが、「このようなスポーツは危ないではないか」という指摘を、世の中よりもむしろ、視覚障がい者スポーツの専門家の方からいただいていました。

では危ないからやらせないかといったときに、今ではスモールステップで安全にやる方法も提供できるようになっていますし、何より、当事者が何と言っているかが大切だと考えています。「やりたい」「エキサイティング」という選手たちがいるのです。もちろん選択肢として、このようなスポーツはやりたくないという人に無理やりやらせる必要はないと思うのですが、当事者として、これだけダイナミックに動き回るスポーツをやってみたかったという喜びの声も多くもらいます。

人と人がぶつかったら痛いじゃないか。確かにぶつかります。痛いじゃないかと言われるのですが、このピッチの中はある程度安全です。骨を折ることもまれにありますが、それはサッカーのけがでも起こることです。

視覚障がい者スポーツは、接触を避けたりと安全性メインで発展してきているので、ブラインドサッカーは少し異色な存在ではあるのですが、その異色性というのが、選択肢の一つとして選べるようになっていくのは、僕は大事なことではないかと思っております。

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国際的に活動を展開していますか?

松崎

実は、アジア選手権というのを日本でたくさんやっているのですが、第1回大会はベトナムでやりました。そのときの運営スタッフは日本人がやっていますし、ベトナムでブラインドサッカーを広めたのも日本だったり、今、選手が協力してオーストラリアにプレーを広げようとしていたりなどといった形で、草の根レベルでのそういう広がりを国際的にやろうとしています。

話は変わりますが、日本では視覚障がい者はどんどん減ってきています。それは医療の発達や、人口減もあったりするのですが、途上国でいいと、視覚障がい者はまだ増えています。そのうち6割の視覚障がいの方は、実は日本の医療技術で治るといわれています。けれども、どこに居るのか分からない、発見できないのです。

ブラインドサッカー自体はグローバルなスポーツで、僕らは世界からたくさんの国を呼んで世界選手権やアジア選手権をやっています。僕などが感じる可能性は、ブラインドサッカーが、世界中で視覚障がい者の方々が集う場になり、そこで、治療可能な方々には治療ができるみたいな、そのようなポテンシャルを持っていると思っております。そういった国際的な展開をやりたいです。

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ブラインドサッカーをやっている選手というのは、先天的でも後天性でも視覚障がいの方と、健常者の方が装備を付けてブラインドの状態になって参加しているのと、どちらが多いですか?

松崎

まず、先天か後天のどちらが多いかといいますと、実は先天的な視覚障がい者はどんどん日本では減っています。昔は両目を摘出しなければいけなかったような病気が、今は摘出しないで済んでいます。ですので、ブラインドサッカーの選手も当然、後天的な人が多いです。日本代表選手の大半は後天的な視覚障がい者です。

国内では、日本選手権も含めて、2人までは見えている人が目隠しをして出ていいというルールでやっています。見える人も見えない人も一緒にできるというのが何よりも強みだし、交ざり合う社会というのを私たちは掲げているのはもちろん、一緒にプレイすることで、視覚障がい者自身がサッカーのスキルを学べるというメリットがあると思っています。

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視覚障がいの方と、装備を装着した健常者の方では、どちらのほうが、ブラインドサッカーは強いですか?

松崎

10年程前、普通のサッカー日本代表の選手たちと、1度、アンオフィシャルなのですが、ブラインド状態で試合をしたことがありますが、ブラインドサッカーチームの圧勝でした。

サッカー日本代表の皆さんは元々のスキルが高いので、多分3日間くらいトレーニングをすると、そこそこ慣れると思うのですけれども、簡単な練習だけでは、ブラインドサッカーチームの素早い動きには、見えないと付いていけない感じです。

余談ですけれども、元Jリーガーの方などに、目隠しをしてやってもらったときに、すごく上手にできる方と、全くできない方がいらっしゃいました。その感覚は何なのだろうというのは、僕らもブラックボックスです。面白いと思って見ております。

心のバリアフリー

松崎

よくこの仕事をしていると、「よほど視覚障がいに理解があって、サッカーが大好きなのですね」と言われるのですが実は障がいに対して、心のバリアを、僕はとても持っていました。けれども、そのような僕ですら、今この立場に居るぐらいなのです。

よく言うのですが、僕は小学校6年間、身長が低くて一番前で、その罰則のように、障がい児学級の子と手をつなぐ役回りがまっていました。僕は障がい児が本当に大嫌いでした。6年間手をつないでも、彼の病気すら分からなかった、知ろうともしなかったのです。

そのような僕でも、ブラインドサッカーを通じて出会っただけで、この人たちは何だろうみたいな感じで、障がい者に対する心のバリアがバリバリッとはがされていったのです。やはりスポーツをきっかけに明るく笑顔で出会っていくと、向こう側に感じていた障がい者の世界というものが、すごく身近に感じる可能性が高まるんじゃないかなって。

ブラインドサッカーだけではなくて、これからパラリンピックに向けて、本当に障がい者スポーツが盛り上がっていくことは間違いないと思いますので、少しだけ興味のアンテナを広げていただいて、実際の生の試合を見たり、生の選手の試合で声を聞いていただいたりして、自分たちと障がい者との距離のようなことを感じてみていただきたいと思います。

今日はどうもありがとうございました。

講 師

EigoMatsuzaki
松崎 英吾

日本ブラインドサッカー協会 事務局長

1979年生まれ、国際基督教大学卒。
日本ブラインドサッカー協会事務局長。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科非常勤講師・研究員。学生時代に、偶然に出会ったブラインドサッカーに衝撃を受け、深く関わるようになる。大学卒業後は、(株)ダイヤモンド社、ベネッセ・コーポレーションに勤務。一般企業での業務の傍らブラインドサッカーの手伝いを続けていたが、「ブラインドサッカーを通じて社会を変えたい」との想いで退社。その後、日本視覚障害者サッカー協会(現・日本ブラインドサッカー協会)の事務局長に就任。スポーツに関わる障がい者が社会で力を発揮できていない現状に疑問を抱き、障がい者雇用についても啓発を続ける。サステナビリティをもった障がい者スポーツ組織の経営を目指し、事業型非営利スポーツ組織を目指す。

日本ブラインドサッカー協会