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2014年8月21日(木) Think College Vol.22

高校生の心に火を灯す ~ナナメの関係で拡がる世界~

講師:今村 亮 / 認定NPO法人カタリバ カタリ場事業部 統括ディレクター

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世の中の課題に取り組む人のお話を聴いて、一緒に考える講座シリーズ「Think College」。
今回のテーマは、高校生のキャリア教育です。

人と会って話をして、元気をもらうことってありませんか。上から目線のアドバイスでもなく、一緒に愚痴を言うだけのおしゃべりでもない。視野を広げてくれ、自分の新しい可能性に気づかせてくれる。話し終わった後は「よーし、がんばるぞ」と思えてくる。
今回の授業の先生 今村亮さんは、人が人を元気にするそんな「場」を作っています。

今村さんが統括ディレクターを務めるNPOカタリバは、13年かけて17万人の高校生に「カタリバ」という授業の場を届けてきました。約2時間の授業では、大学生や若手社会人のスタッフが、高校生から「興味のある分野」や「進路についての悩み」を聴き、「今、熱中していること」や「高校の頃の失敗談」を本音で語りかけます。

高校生の学びの心に火をともしながら、大学生、そして社会人をも巻き込んで、ものすごい勢いで日本中を元気にしていく。
そんなカタリバの取り組みと、これからをお聴きします。

講 座 レ ポ ー ト

あなたの学生生活は何点ですか?

今村

NPOカタリバの今村亮と申します。31歳。熊本出身。高校を卒業したタイミングから東京に上京した熊本県民でございます。マンガがとても好きです。これから90分間、僕が今、何に取り組んでいて、どんなことを考えているかということを材料に皆さんに考えてもらう時間をお届けできたらと思います。どうぞよろしくお願いします。

カタリバは今年でもう14年目になるNPOです。14年前に立ち上げたのが何者だったかというと、学生たちでした。大学生たちがふと感じた、これってちょっとおかしいのではと思った違和感からすべてが始まりました。その違和感とは、どんなものだったと思いますか?

当時、カタリバの創業者たちは大学生に向けて「あなたの学生生活は100点満点で何点ですか?」というインタビューを行いました。
すると、帰ってきた答えはほぼ50点以下。「なんとなく入った」「推薦がここだけだった」「適当に選んでしまった」「人気だったらからで、高校生の時に自分のやりたいことなんて全然わからなかった」などなど。

このような大学生たちのリアルなインタビューに、何か変だと思ったのがカタリバの創業者、中澤久美さんと竹野優花さんでした。大学3年生のときにたまたま出会ったこの2人が、もっと大学生活を楽しむような人たちが増えたほうがいいということを江の島の海で語り合ったのがきっかけです。

それで彼女たちは、高校生はどういうふうに進路を選んでいるのか、高校生はどんなふうに考えているのかということを調べながら今のカタリバの形を作っていきました。例えば「自分は駄目な人間だと思いますか?」という質問を高校生にしてみたデータがあります。なんと高校生の3人に2人は自分は駄目な人間だと思っているらしいです。

これは日本、アメリカ、中国、韓国を比較した調査です。自分は駄目な人間だと聞いてみたところ、日本の高校生だけが突出して自分は駄目な人間だと思っているそうです。なんと65.8パーセント。比べてみると中国やアメリカとは全然違う意識を持っています。それから、こんな質問をしました、「人並みの能力がありますか?」。こう聞いてみると、日本の高校生はやはり自信がありません。46.7パーセントの高校生が自分は人並みの能力がないと思っているそうです。

さらに他の国よりもしんどいデータが出たのが「自分が参加すれば社会が変わると思いますか?」という質問です。なんと、ほとんどの高校生、68.3パーセントが自分が参加しても変わらないと思っています。どうせ社会は社会だと思っているそうです。

ふと気付いた大学生の小さな疑問だったのですが、それを掘り返して調べてみるとどうやら子どもや若者に何かが起こっているのではないかという課題に行き当たりました。

調べればどんどん頭を抱えたくなるようなデータがたくさん出てきます。例えば若年無業者と呼ばれる人が60万人。引きこもりと言われる人が360万人。自殺者が3万人近く居ます。しかも、自殺者は全体的に減っているのに、10代20代の自殺だけはどんどん他の世代よりも増えているといいます。

また、家庭の問題も厳しさをましています。たとえば、子どもの貧困が広がりつつあります。背景には、ひとり親世帯の増加などの問題があります。こういうように、子ども・若者の問題は親や家庭の問題がどんどん連鎖してつながって起こっているようです。これは良くないです。

家庭が子どもの成長を担いきれないならば、それを公的な部分でカバーしたほうがいいとも思うのですが、なかなかそういう状況にもなっていません。このような壮大な問題でした。このような壮大な問題に果たして、何かしたいと思っただけの大学生に何かすることはできるのでしょうか。これがカタリバのスタート地点でした。

そのときに始まりたてのカタリバが目を付けたのは「高校生には憧れの人が結構居ない」ってことでした。ある調査では、7割以上の高校生は自分に憧れの人は居ないと答えているらしいです。そう考えると、世の中には憧れの気持ちを持っている高校生とそうではない高校生に違いや格差があるかもしれない、ここを何とかしたいと彼女たちは話しました。

縦でもなく、横でもなく、ナナメの関係

今村

そうして、NPOカタリバは大学生たちによって発明されました。自分に自信がない子どもや若者の可能性を引き出していくための発明です。「とある関係性」を準備したら子どもの力を引き出されていくのではないか?

新たな関係性の発明なので、詳しく紐解いていきたいと思います。仮にサザエさんの「カツオくん」を例に挙げてみます。彼をサザエさん的世界観の中では、何者がとり囲んでいるかということを一つ一つ分解していきます。

例えば、磯野波平さん、お父さんです。それから先生。この方々が仮に磯野くんの縦の関係だとすると、この縦の関係におけるコミュニケーションはどうなっているでしょう。「こら!カツオ!」「宿題をしなさい!」「お手伝いをしなさい!」元気ではあるけれども、なかなか学校の宿題をやってこないカツオくんに、きっと頭を抱えながら、でも何とかしないといけないと悩まれているであろう縦の関係があるわけです。

一方で、横の関係を見てみましょう。クラスメイトの中島くんと日夜繰り返される話題は、「磯野、野球に行こうぜ」といったことの連続です。その中で「本当は中島と将来の夢の話をしたいかも」と思っても、なかなかカツオくんは言い出せません。もし「俺、大学で教育を学んで先生になりたい」と言おうものなら、磯野くんは中島くんにこう言われるでしょう。「磯野、意識高っ」。

意識が高いと言われることに傷つくのを恐れたカツオくんは、日々野球に行くのを繰り返す生活を選択してしまいます。ある種の息苦しさや、同調圧力が、横の関係にはあるかもしれません。では、そんなカツオくんが自分の将来のことや自分の悩みのことを少し話せるような存在はいないのでしょうか?

それが縦でも横でもない、「ナナメの関係」です。

例えば隣の家に住んでいる伊佐坂先生の一人娘、ウキエさん。カツオくんは、ウキエさんにだけは、「きょう、ケンカした」「きょう、テストで怒られた」などと、少し本音を言うことができます。ここにサザエさん的世界観でのカツオくんにおける、ちょっとした一筋の光というか、救いのようなものが残されているように受け取ることができます。

この「ナナメの関係」がもっと皆の周りにあったら高校生は自分に自信が持てたり、少し本音で何かを言えたり、誰かに憧れることができたりするのかもしれません。これがスタート地点でした。そんなわけで、僕たちはこの活動にカタリバという名前を付けました。本音で語り合うことができる場所です。

ポイントは二つです。高校生に接するのは僕たち事務局職員ではなくて、学生たちです。彼らはボランティアです。今年は、全国でのべ7000人ほどの学生がボランティアとして活動してくれました。彼らは自分の高校生時代への後悔や、高校生の本音を引き出してあげたいという気持ちで関わってくれています。僕たち事務局職員は、その場を作ることが仕事です。これが一つのポイントです。

二つめは、学校の授業として行っているということです。創業当初のNPOカタリバは、来たい高校生が参加するオープンなイベントとして活動していました。ただ、今日のイベントにお越しのみなさんもそうですが、こうやって集まってくださる方は、既に自分が何か行動をしようという気持ちがあって、そのためのきっかけを得る情報をキャッチしようと行動されているのではと思います。高校生にも同じことが言えて、カタリ場をやるから来てくださいと言って集まってくれる高校生は、カタリバが存在しようがしまいが、すでに自分で歩いていける高校生たちでした。

これでは本当に届けたいところに届くのか?と思い、学校の授業の時間をいただいて、学校にお邪魔する形で始めました。イベントとしては、こちらの方が難しいです。高校生は誰もカタリバに参加したいなどと思っていません。「ダリいな」「どうでもよくね」「途中で帰ろうか」などと言っている高校生たちと向かいあい、対話へと持ち込みます。そこに価値があると思っています。

そんな出張授業カタリ場を今、全国7000名のボランティアと、全国年間5万人ぐらいの高校生に届けています。

全国に拡がるカタリバ

今村

さて、NPOカタリバに関わった僕のきっかけを少しお話しします。
大学3年生のときに、うっかり少し参加をしてしまいました。正直、僕は教育に興味もなければ、NPOが何の略なのかもいま一つわからなかったのですが、何となく大学の授業も暇になって、やることがないかと探しているときに立ち上げ当時のNPOカタリバがありました。創業者たちが結構、頼りない人たちでこの人たちでできるのかと思い、僕が手伝いますというような感じで参加をしました。

当時の事務所は、六本木です。六本木の交差点の裏側に廃校になった中学校がありました。ここがNPOに教室を貸してくれていました。僕たちは3年3組の教室を二つに割った所をさらに二つに割った所に1個だけ机と電話を置き、そこにカタリバという手書きの札を掛けました。

僕は大学3年生、4年生時代を思い切りここで過ごし、出張授業カタリ場を少しでもたくさん高校生に届けたいと思って活動しました。その中で創業者で代表の中澤久美さんの苗字が、"今村"久美に変わっているのに気付いた方もいらっしゃるかもしれません。はい、途中で結婚しました。この人が描いている未来を作ることに自分の人生を賭けようと思い、せっかくだから結婚もしませんかとお願いしました(笑)。

そうして少しずつ、出張授業カタリ場は広がりました。関東の二つの高校で「うちの授業で試してみなさい」と言ってくださった先生と巡り会えたのがはじまりでした。どの高校でも門前払いだった日々が続いていましたが、突破口が開くと、後はどんどんチャンスがつながっていきます。

2006年には、東京都の教育委員会がNPOと学校をつなげる取組をスタートしてくださって、25校に一気に広がりました。2009年には、青森、四国で同じように「うちの地域にカタリバを」と言ってくださった行政の方との連携がはじまって、全国70校まで広がりました。

全国に高校がいくつあるか皆さんご存じですか?。5000校ぐらいあるんです。5000校のうち、今ではそれが大体250校ぐらいまで広がっております。250校のカタリバをつくっているということは250のボランティアのチームがあるということです。その250チームのうちの一人にきょうは会場に来てもらっています。大学4年生のさっちゃんこと石井早紀さんです。

石井

私がカタリバを始めた理由をお話します。私自身が出張授業カタリ場を受けたわけではありません。高校時代に家庭のことでも学校のことでも悩んで体調を崩していた時期がありました。そのときに中学のときに通っていた塾の先生が、私の悩みを聞いてくれて、すごく助けられたという思い出があります。そういう大人に自分もなりたいと思っていたところで、カタリバの活動を知り、これだ!と参加するようになりました。

カタリバで私が出会った生徒のお話をします。カタリバは全日制の高校だけでなく、定時制高校にも出張授業を届けています。とある定時制高校でのことです。カタリ場を行っている体育館になかなか入って来られなくて、入り口の所で立っていた女の子を見つけ、彼女の近くに歩み寄りました。そして一緒に2人でカタリ場をしました。

最初は私のことを警戒していたようですが、こちらから語りかけると少しずつ、中学時代にいじめを受けていた話、自分が普段思っている話、どんどん素が出てきて話してくれるようになりました。そしてついに、初めて自分の夢を私に話してくれました。彼女は夢について話せたことをすごくうれしかったと言ってくれました。私と出会ったことをそんなに喜んでくれる子が居ることを感動したのをとても覚えています。

今村

僕が偉そうに自分でカタリバをつくっているという風に喋っていますが、カタリバというのはつまり、さっちゃんのような想いを持っている学生を中心としたボランティアの集合体です。彼女たちこそが現場で、僕はそれを支えている人です

また、「ナナメの関係」にも限界があります。出張授業カタリ場は、あくまで一過的なものです。その後は、縦の関係でどう支えていけるか、横の関係でどう切磋琢磨していけるかが重要です。サザエさんの例に戻りますが、真面目なことを言うのは恥ずかしいと思っていたカツオくんと中島くんが、カタリ場をきっかけに、真面目にお互いの話をしても認められるという、空気のスイッチを入れる必要があるのではないかと。私たちは、ナナメから切り込みを入れて、横と縦にスイッチを入れるということに一番こだわっています。

NPOカタリバは、高校生にこう育ってほしいという目的を押し付けるのではなく、安心して語れる場所をつくり、それを拡げていくことを頑張っています。

東日本大震災、僕たちにできること

今村

NPOカタリバの活動が大きく変わった瞬間がありました。それが震災でした。2011年3月11日、僕たちは慶應義塾大学SFCのキャンパスを貸切にして、そこに高校生を招いた大きなカタリバを開催する予定でした。会場に集まって、これから始めますというとき、14時46分に大きな地震が来て、僕たちはその体育館に高校生300人とともに閉じ込められました。

その夜を高校生たちと一緒に過ごしました。何が起こっているかも全然わからないし、取りあえず高校生の安全を確保することだけを考えて、ほとんど寝ずに一晩を過ごし、高校生の帰宅を見届けて家に帰ってからすごく悩みました。

テレビをつけたら見える津波の映像や流された街の映像。これは大変なことだと思いました。こんな大変なときに高校生の応援をしてきた僕たちは、被災した高校生のために何かするべきではないかと、代表は言いました。かといって、当時のカタリバには職員も少なければお金の面で潤沢なわけでもない。そんな状態でから現地に行ってどんなことができるのか、組織を預かるリーダーとして踏み切っていいのかという葛藤もありました。

葛藤の末に、1週間後に僕たちがやったのは募金でした。19日の土曜日と20日の日曜日、2日間募金をしました。僕らの事務所は中央線の高円寺にあって特段募金に対して意識が高い地域でもないと思うのですが、取りあえず地元でやろうと皆に声を掛けて募金をしました。そうしたら、驚くことに3日間で集まったのが550万円。僕たちはこの募金を代表に持たせて、取りあえずこれを何に使ったらいいか現地に行ってほしいと代表を送り出しました。

そして出会ったのが被災した街で、それでもお互いを励まし合いながら頑張っている中学生や高校生の姿でした。それから、僕たちの場所づくりの考え方は大きく変わってきます。

また、その募金についても最適に運用していくために、その場で使ってしまうのではなくのではなく、2011年に0歳だった赤ちゃんが、きちんと20歳を迎える日までの基金にしようというアイディアが湧きました。今も想いを同じくする他のNPOと一緒に「ハタチ基金」という名前で立ち上げ、NPOカタリバとは別に公益社団法人を設立し運用を続けています。

この基金でNPOカタリバは「コラボ・スクール」という取り組みを始めました。全壊した町の子どもたちを毎日支えられる放課後の教育施設です。宮城県の女川町、岩手県の大槌町という小さな町です。8割の建物が津波で損壊した2つの町に僕たちは支援の根を張ることにしました。

震災後、子どもたちには驚くほど勉強できる環境がありませんでした。そんな状況を見て、学ぶ場を失った子どもたちに、震災があったから進学ははあきらめよう、なんて思ってもらいたくないと思いました。私たちはもともとは対話の中から本音を引き出していこうというキャリア教育のNPOなわけですが、改めて勉強は大事だと震災後に気付きました。

彼らが受験に立ち向かおうと思う限り、その活動を応援できる学習環境を第一に考えました。でも、場所は被災地です。瓦礫や釘がむきだしの町で、移動自体が困難だったし、仮設住宅は海から離れた高台の山上にあるし、そもそもいつまた津波が来るかわかりません。学習に向かい合う前に、まずは子どもたちの安心・安全を確保する必要があります。そのためにスクールバスを回して学校から仮設住宅を回って、僕たちのこのコラボ・スクールに通ってこられるように仕組をつくりました。

また、このコラボ・スクールは、安心して学習できる居場所であるだけではなく、壊滅に近い状態まで損壊を受けた町をもう一回復興させるために行動する子どもたちの基地のような場所でもあります。

つまりコラボ・スクールは、「震災のせいで進学を諦めないための学習支援」「安心できる居場所づくり」そして「高校生たち自身による復興のためのマイプロジェクトの活動基地」、この三つの役割を果たす放課後学校です。

マイプロジェクトについて少し説明します。大槌町は人口1万人ぐらいの小さな町です。町には高校も一つしかありません。この小さな町で、高校生たちは驚くような取り組みを始めています。

例えば、高校3年生釜石望鈴さんの、100人Photosプロジェクト。震災後にとあるボランティアさんにカメラをもらったことをきっかけに、津波で流された皆のアルバムや思い出をもう一回取り戻そうと思って、彼女は高校生カメラマンとして町じゅうの人たちの笑顔を撮っています。去年、ついに寄付が集まって、写真集として発行することができました。

それから、理科が好きな高校3年生菊池祐希さんの、Starry Night In 大槌。彼女は大槌が、星空がすごい町だということを知っている。被災地としてではなく、星がきれいな町として皆に大槌のことを知ってもらいたいと思って、いろいろな所から大槌に来て星を見るツアーを、定期的に開催しています。

そんなふうに震災がなかったらもしかしたら気付かなかったかもしれない自分の可能性や町の魅力に高校生たちが目を向けながら、そしてそれを全国そして世界に広げるような取り組みをしています。

この機運は震災後に、全国同時多発的に、少しずつ高まっています。ためしに去年、全国でプロジェクト活動に取り組んでいる高校生に集まってもらって、甲子園みたいに「全国高校生 MY PROJECT AWARD 2013」を開催しました。すると全国から「私は地域のため、そして未来の社会を作るためにこういうことをやっています」という12グループの高校生たちが集まりました。

記念すべき第一回の優勝チームは、気仙沼の「底上げYouth」と、大槌の「復興木碑プロジェクト」の同時受賞。「底上げYouth」は恋人という言葉を初めて詠んだ歌人・落合直文のふるさとである気仙沼を”恋人のまち”として紹介し、地域の大人も巻き込みながら、観光によって盛り上げていこうというプロジェクト。「復興木碑プロジェクト」は、震災の記憶と防災意識を風化させないために、手入れがいらない石碑ではなく、時間が経つと腐って定期的に建て替えが必要な”木碑”を建てる、というものでした。

子どもたちが何かをはじめるための秘密基地

今村

このように、高校生が勉強や部活だけではなくて、コミュニティーの課題を解決するようなプロジェクト活動というのが、どんどん広がってきています。僕は震災後、東京に居ながら、大槌、女川のプロジェクト活動の機運の高まりを見ていたのですが、こういうことを東京で始めたいと思いました。

高校に飛び込む出張授業と、一方で高校生が学校に飛び出して何かしようとしたときに、それを支えてあげられるような場所。これをグルッとつなげながら地域ぐるみで子どもや若者を育んでいけないかと。企画書を書いては、この町でできませんかといろいろな自治体に持っていきましたが、なかなか興味を持ってもらえず。そんな中で「いいですね」と言ってくれたのが文京区です。

折しも文京区では、ちょうど子どもや若者に関する課題が議論されていた時期でした。
というのもたとえば、文京区の中学生は、ほぼ区外の高校へ進学するため、高校進学のタイミングで地域と切り離される。なぜなら文京区には超有名進学校が集まっているため、地元の高校に進学しようと思っても、なかなか難しい。また一方、文京区の有名進学校に他区から進学してくる高校生たちは、進学のプレッシャーの中で、どうにも息苦しいというようなところもあります。

これらのつなぎ目になれないかということで、いま文京区に"中高生の秘密基地"をつくっています。オープンは2015年4月1日。僕はここの館長さんになります。ただいま絶賛建設中です。

どんな秘密基地にしたらいいでしょうか?まず、この施設の名前を付けようということで、「秘密基地の作り方」というワークショップシリーズをはじめました。第一回には平田オリザさんという劇作家の方をお招きして、皆でこんな秘密基地になったらいいのではないかというコンセプトを考えました。

そして、第2回はそこにどんなものを置いて、どんなことができるようにしたら面白いかという空間デザイン作戦会議を皆でやりました。これが7月29日です。

そして、このような活動をフリーペーパーで区内の中高生に知ってもらいたい、その編集も中高生が中心になったらいいのではないか、ということでフリーペーパーチームの募集をしました。たくさんの個性的な中高生が集まってくれて、めでたく9月からこのフリーペーパーが文京区の中学、高校に配布されることになりました。

この施設は「b-lab」という名前になりました。

文京区の「b」にラボです。次回、8月の回ではこのb-labのロゴをつくる会議をやろうということで、「デザイナーさんと一緒に東京の廃校ですごいロゴを作ってみる会議」という長い名前のイベントを企画しています。

このようにカタリバの取り組みは、被災地で生まれた可能性を逆輸入するように、東京で新たな出発を迎えました。つくるプロセスを抱え込むのではなく、皆でやろうというと中高生がどんどん関わってもらって、予想もしなかった方向に秘密基地づくりが進んでいっています。

これが僕たちの場づくりです。教育は学校に丸投げされがちですけれど、先生たちに押し付けるのではなく皆でやろうという場づくりを僕たちはやりたいです。

僕は実は学生時代に出張授業カタリ場を立ち上げた後、5年半は普通のいわゆる大企業で働きました。そこを辞めて、自分の給料を自分で決めるような小さなNPOで今はこうやって働いています。正直、どちらが安定だったのか悩むこともあります。熊本の実家の祖父母に僕の仕事を説明するのが難しすぎたり(笑)。でも、この働き方のほうが、僕にとっての安定という気がしています。

それはなぜかというと、仕事とプライベートを切り分けなくていいというのはすごく楽なんです。大好きな人と一緒に会社をやって、大好きな仕事に取り組める自分はすごく安定しています。大切な人を大切にするというのが、僕にとっては大事なことです。

本日は、ご清聴ありがとうございました!

講 師

ryo-imamura
今村 亮

認定NPO法人カタリバ カタリ場事業部 統括ディレクター

1982年熊本市生まれ。東京都立大学人文学部社会学科卒。
2003年、学生時代よりNPOカタリバの事業立ち上げに参画。NPO法人ETIC.主催NEC社会起業塾への参加をきっかけに、「教室に社会を運ぶ」事業型NPOの路線を方向づける。大卒後、凸版印刷株式会社に入社。週末にカタリバの運営を手伝いながら、平日は凸版印刷で最年少営業社長賞を受賞。
2010年より組織拡大に伴いNPOカタリバに復職。文部科学省熟議協働員、岐阜県教育ビジョン検討委員会委員などを歴任。2014年現在、カタリ場事業部統括ディレクター、SFC研究所所員(訪問)、熊本大学非常勤講師。2015年4月よりb-lab(文京区青少年プラザ)施設長へ着任予定。
関連書籍『カタリバという授業』(英治出版)

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