西武西武渋谷店

2014年10月15日(水) Think College Vol.24

古来種野菜から考える、私たちの暮らしを学ぶ

講師:高橋 一也 / warmerwarmer 代表

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肴豆(さかなまめ)・糖塚きゅうり・松本一本ねぎ・甚五右ヱ門芋…。
皆さんはこれらの野菜を知っていますか?

世の中の課題に取り組む人のお話を聴いて、一緒に考える講座シリーズ「Think College」。
10月のテーマは「日本の古来種野菜」です。

数百年に渡って代々「種」を繋いでいくことで、受け継がれてきた古来種野菜。
いま、これらの野菜たちが失われようとしています。
野菜が消えると、種が途切れ、そして風土や文化の記憶も消えてゆく。

今回の先生は、古来種野菜とその種の大切さを伝える「warmerwarmer」の高橋一也さん。
日本古来から続いてきたお野菜のこと、未来に残していくためにできること、一緒に考えてみませんか?

講 座 レ ポ ー ト

種を守る

高橋

皆さん、こんにちは。はじめまして、高橋と申します。今日は、全国で種を守っている生産者を代表して、古来種の野菜の種への想い、そして、首都圏での流通の現状についてお話しします。

私は、「warmerwarmer」という八百屋を経営しています。地域の中で、農家たちの間で大切に受け継がれてきた種。その種から育った野菜には、いつか食べたことのあるような懐かしいおいしさと同時に、その背景には想像を超えるたくさんの物語が詰まっています。そのような野菜をいただくと、土や風、水と近くなり、四季折々の暮らしが豊かになる。そのライフスタイルまで語り継ぐことができる八百屋でありたいというのが、私たちのコンセプトです。

主に宅配、レストランに古来種野菜だけを卸したり、百貨店やイベントで販売したりしています。単に野菜を売るだけではなくて、もっと多くの人に種の大切さを知ってもらいたくて活動しています。

私は以前、自然食品業界で野菜のバイヤーをしていました。無農薬の野菜、有機JAS、特別栽培、自然栽培とか栽培方法にすごくこだわっている全国の生産者とお会いしながら、お野菜を東京に集めて販売していたのです。

今から8年前、ふとしたことで長崎県で「種の自然農園」を営まれている岩崎政利さんにお会いして、平家大根を見たときに驚きました。800年前から続いている大根なのです。宮崎県の椎葉村のクニ子おばあちゃんが代々受け継いできた大根を岩崎さんが受け継いで、今も種を守っています。

こうした野菜は少量なので、なかなか流通に乗せることができません。大手の流通業者やスーパーマーケットは、100から200ケースをまとめ買いして、有機野菜を一気に東京に持ってきて配送します。日本には、1日に1ケース、2ケースしかできない野菜がたくさんあるのです。

私がこの活動を始めたきっかけは、2011年の東日本大震災と原発事故でした。福島県浪江町で種を守る生産者は、畑と種を失いました。その際、”種”の賠償を電力会社さんに求めたら、「たかが種」だと笑われたそうです。涙が出ました。生産者たちが代々受け継いできた、その歴史や全てをなくしてしまったことを笑われたのです。非常に悔しくて、種の大切さを東京の方たちに広めたいと考えました。日本のこれからの農業、そして私たち、子どもたちに大事な先祖から受け継いだ種がなくならないようにすることを伝えていかねばと思って活動しています。

最初、自然食品店から独立したときには、渋谷・青山のあるレストランの一角で古来種野菜を販売していました。引き売りから始めたのですが、始めは野菜には目がいかず、通りすがるお客様から無視され、全然買ってもらえませんでした。

その後、お誘いがあって、国連大学などのファーマーズ・マーケットに出店するのですが、その中で一番悔しかったのは、夕方から価格訴求に入ることです。なぜ先祖から受け継いだこのような野菜の値段を下げなければいけないのだろう、それが一番悔しくて、涙を流しながら帰った日を今でも覚えています。

そのときに思い付いたのが「種市」です。品種改良を一切していない古来種野菜だけのマーケットをつくったら、価格訴求をせず、お客さまや出店者、生産者と種を守りたいという思いが一つになって、いい場ができると思って、年に2回ほど種市を企画しています。

田口ランディさんなど、いろいろな著名人に協力していただいています。多くの料理家、大学の先生、生産者、そして東京に居る消費者のお客さまと年に2回集まって、種を守っていく活動を話し合います。2日間で約1000人に集まっていただきました。今年も11月の15日、16日に予定しています。種市には若い生産者が全国から参加します。出店料は無料です。

農家は、作っている古来種野菜の売り先がなくて非常に困っています。せっかく作っても、やむなく全部捨てている生産者もたくさん居たのです。しかし、需要があれば、本当はこのような昔の野菜、地元の野菜を作りたいのです。東京で評価して流通を作らないと、1人、2人でしか守っていない種は途絶えてしまうのです。

「種市」は、サンフランシスコの「クエッサ」というファーマーズ・マーケットをモデルにしています。サンフランシスコ地震があって、地域の人たちが食べるものがないとき、また地域内の安否確認を目的に、1カ所に集まり始まったのが、このファーマーズ・マーケットの始まりだったそうで、オーガニックレストランの先達「シェ・パニース」アリス・ウォーターズさんが、立ち上げに大きく関わっています。

「クエッサ」では、野菜を販売するだけではなくて、目の前に野菜を持ってきて、生産者と料理人が目の前で料理をするのです。生産者の野菜の思いを話しながら、料理家がその野菜を料理してみんなで食べます。そのようなファーマーズ・マーケットを東京で開きたい。東京は畑も少ないですし、例えばこれはゴボウやオクラの木なのですが、こういった野菜の姿を見ていただきながら、私たちはその野菜の”途中”をいただいているのだと皆さんに感じていただきたいのです。

最近では、ある方から、これからは遺伝子組み換えの野菜が日本に入ってくるのは確実であるという観点からどのように食品の販売について梶をきったらいいかアドバイスが欲しいと頼まれ、種を守るという活動をご提案しました。日本の古来種の種を守ることは、反面遺伝子組み替え作物に対する反対の意を込める事ができます。その縁で約1年前から、全国で種を守っている古来種野菜だけのコーナーを、私自身がプロデュースして販売も始めています。

今年は、ワタリウム美術館で半年、古来種のお野菜を販売していました。この安家地大根も、昔から岩手県で代々守られてきた大根です。「あっかじでだいこん」や「あっかじだいこん」と読みます。美しいと好評でした。特に、写真家の方に非常に気に入っていただきました。「普通のスーパーの大根は見ていても飽きるけど、古来種野菜は見ていて飽きないね」と。このような野菜が今、どんどん途絶えようとしています。

平家大根は、暴れ大根で大きいサイズのものもいっぱい出てきます。平家キュウリは、日本で一番古いキュウリと言われています。もともとは「黄瓜」と書いてキュウリでした。昔からの在来種で、黄色いキュウリは結構多いのです。しかし、品種改良を経て、今はみんなブルーム系の、緑の小さなキュウリになりました。

本当の野菜の姿は、同じ種でも人間と同じように個性をもっており、姿形が違うのが当たり前の世界です。形が違いことは今の流通では許されないのです。規格が同じでなければ東京の市場に入る事ができません。規格をそろえて市場を通せないと、どんどん排除されていきます。

古来種とF1種

高橋

私たちは、勝手に古来種野菜をA、B、Cの三つのランクに分けています。

Aランクは、JAの栽培指導により大量生産してブランド化している京野菜、加賀野菜などです。全国のスーパーマーケットに出ている古来種野菜、いわゆる伝統野菜です。Bランクは、売り上げが年間1000万円前後で、県庁が地域ブランド化をしているものなどで、今後Aランクの全国に出荷できるよう、パッケージデザインを考えたり、量産をする前に流通などの仕組みを作る等、ブランド化を進めているお野菜などです。

私たちが取り扱っているのはCランクです。JAも県庁も扱えない、1人か2人の農家さんしか扱っていない野菜です。すぐに量産できない野菜です。全国にたくさんあります。その地域や村の中だけで消費ているお野菜です。このような野菜は、大量生産に向かないのです。しかも昔ながらの技術、栽培方法で作っているので、なかなか継承ができていません。それが、北海道から沖縄まで全国にいっぱいあります。その野菜を何とか子どもたちに受け継いでいきたいのです。

古来種野菜は規格が一切そろわない野菜です。太いもの、細いもの、長いものがあります。赤い大根、白い大根も出ます。味も違います。これが本来の、私たちの先祖から受け継いだ野菜の姿なのですが、それがなかなか皆さんに分かってもらえないのです。

一般の野菜には、出荷規格があります。例えば、タマネギはL、Mといったサイズが決まっています。キュウリや小松菜、カブも規格の下、全部流通しています。これは、別に悪いわけではありません。戦後、都市化が進んで、食品を効率的に市場に通さなければいけないので、こういった規格がどんどん決まって、市場の中で今も動いています。

また、種苗会社の出しているカタログを見ると、例えば『金系201EX』『ごちそう』など、野菜らしからぬ名前が付いているのですが、これらは種の時点でサイズと栽培期間が決まっています。つまり、種を蒔いてから収穫までの先が読めるのです。このように品種改良されたのがF1(交配種)です。

先が読めるのはいいことなのですが、農村の過疎化と農家の高齢化の中で、そのような品種改良された野菜がどんどん増えることによって、作物の単一化が進んでいます。その一方で、私たちが先祖から受け継いできた作物の在来品種はどんどん衰退しています。

現在の日本の農業は、有機農業や慣行農法をしても、何をしてももうからない時代になったと思います。

先日訪れた群馬県の生産者の所では、小松菜が多く売れ残っていました。話を聞くと、「以前は商社さんが野菜を買って、外食産業に卸してくれていたけれども、今はみんな中国へ行ったのです」と言われました。小松菜のF1の種を海外へ持っていき、そこで作っているのです。種が同じならば、中国、ベトナムやタイでも同じ野菜ができます。それはすごいことなのですが、日本の農家は置き去りです。古来種野菜はその土地でしかなかなかできないのです。

そこで確信したのは、これからの日本の農業がTPPになっても頑張っていくためには、今まで先祖から受け継いできた古来種野菜をその土地で守っていくことです。海外と同じ種で野菜を栽培しても、海外で栽培した野菜と価格訴求になってしまいます。そのような世の中になってはいけません。日本でしかできない野菜を作り、それを東京で広めたいのです。普段食べている野菜とは違う、日本の野菜があることに少しでも多くの方に気付いてほしいのです。

「服を選ぶように野菜を選ぶ、本を探すように野菜を探す」という言葉が大好きです。服を選ぶように、自分に合った野菜を探していただき、本を探すように、自分を深めるために全国に居るいろいろな生産者と関わり、自分に合った野菜を探して、その生産者の方と付き合ってほしいのです。

私自身は、最終的に中間流通は要らないとも思っています。食べる人と農家が直接つながるのが一番いいのです。中間流通には、いい面も悪い面もあります。自分の好きな生産者からお野菜を買って食べるのが一番幸せだと思います。

私の70歳になる野菜の師匠から、その土地へ行ったら、その風と土を見ることを教わりました。今は、それをしない野菜バイヤーが非常に多いのです。ネギは50種類以上、ナスも70種類あったり、その風土に合ったたくさんの野菜を代々受け継いできています。その風土をやはりなくさないようにしたいものです。

子どものことこんな歌がありました。「お寺の和尚さんがカボチャの種をまきました。芽が出て膨らんで、花が咲いて」という歌がありますが、野菜はそうして種、さやができて、そこに花が咲く、私たちはそういったものの途中をいただいていることを忘れてほしくないのです。特に都会の人たち、子どもたちにそのようなことを教えていきたいし、そのような感覚を知って生活するともっと豊かになると思います。単に野菜を販売するのではなくて、野菜の本来の姿を皆さんに知っていただきたくて八百屋を営んでいます。

参加された皆さんからの質問

ーー

“Cランク”の知られていない種は、どのぐらいありますか。

高橋

今は大根だけでも100種類以上あるので、多分そこの記録に出ていないものはまだいっぱいあります。12年前に、タキイ種苗が出版した『地方野菜大全』という本があります。そこでは100種類以上の大根が記録されています。記録に残っていないものも、もっとあると思います。

『地方野菜大全』は既に絶版になっていますが、練馬区立野町の農文協図書館に置いているかもしれません。農業専門の図書館です。吉祥寺からバスで少しです。農業の先輩方のメッセージもすごく感じるので、ぜひ行ってみてください。

また、つくば市のシードバンクでは、今まで先祖から受け継いできた何万種類の種が保存されていると聞いています。日本の種でもかなり量が多いと思います。

ーー

高橋さんは、種を売るのですか。それとも野菜を売るのですか。

高橋

種は売らず、野菜を売ります。農家の収入を守りたいからです。
1人か2人しか守っていない古来種の野菜を子どもたちに受け継ぐための仕組みづくりが仕事です。そのため、八百屋さんと言われれば八百屋さんですし、企画屋と言われれば企画屋さんでもあります。

ーー

古来種を食べられた方の感想は、どのようなものが多いのでしょうか。

高橋

やはり「おいしい」という声が多いです。味に個性があるので、どの古来種を食べても、今のスーパーマーケットの野菜に比べて味が濃いのです。料理家の方とも話していたのですが、調味料が要らず、だしで煮ただけで充分おいしかったり、塩で炒めただけでも味付けしたような感じがします。それだけ個性のあと味を持っています。

また、例えば、今のピーマンはにおいがありませんが、古来種の昔のピーマンをかいだときに、その懐かしさに「これが本来の香りと味でしたよね」といわれます。昔の野菜が持っていた渋みやえぐみが今でも野菜に残っています。

週に一度野菜セットを発送するのですが、地元の野菜が届くと喜ばれます。
地元にこのような野菜があったのを知らなかったというメールが来ます。地元を応援したい人が増えているのだと思います。

例えば、愛知県出身の方が、モチ菜、別名正月菜を見つけて非常に喜んで、売り場のものを全部買われた方もいらっしゃったそうです。地元で伝統的に食べている野菜が、東京で手に入らないことが多いのです。東京にはいろいろな地域からでて生活している方が多いと思います。地元を応援するもの一つの購入に繋がる動機になっていると思います。

ーー

今の時点では、この種の野菜に興味を持った人が試してみる状況とは思うのですが、今後、例えば全国のスーパーマーケットに並ぶとか、もしくは国民全員が食べられる状況になるべきとお考えですか。

高橋

全然思っていません。

ーー

望まれる方だけがセレクトすればいいということですか。

高橋

はい。全てを古来種にとは思っていません。F1種の野菜を栽培することで収量は上がり、その分、野菜の価格が下がりました。それで生活している農家さん、その仕組みに乗っているレストランさんもあります。F1種には一切反対していません。共存できる社会をつくりたいのです。

日本もこれからはアメリカのように、ホールフーズ・マーケットのような商品のセレクトにこだわった、小売店やマーケットで野菜を買う人と、低価格のスーパーマーケットで買う人に二極化していくと思います。しかし、価格が安い野菜が悪いわけではありません。選択肢としてこのような、昔から受け継がれて来た野菜があることを知ってもらいたいのです。日常生活の中で消化できる仕組みができて、全ての野菜の1割でもスーパーマーケットに並べばと思います。

今は、種が危ないというより、既に絶滅寸前なのです。全国のおじいさん、おばあさんは、古来種を作っていても売れないから辞めるよう周りから言われて、諦めているのです。私たちが「この野菜はものすごく貴重です」と言っても、「今まで辞めろと言われていたのに、いまさら…」と言うのです。

一番は、どんなに世の中が変わろうとも、一緒に共存できることです。もっと言えば、遺伝子組み換えの野菜や植物が入ってきても、環境さえ整えば、共存は不可能ではないと思っています。そのため、あえて反対はしていません。それで生活している人も居るし、私も1970年生まれですから大量生産の野菜を食べて育ってきたので、それは非常に感謝しています。途絶えようとしている野菜を何とか残していきたいのであって、全てをとは考えていません。

ーー

古来種を作っている農家は、どのようにその種を守っているのでしょうか。近くにF1種の畑があると交雑する可能性が大いにあって、そのような意味では、ある程度隔離が必要だとは思います。種のレベルでの共存は本当にできるのですか。

高橋

交雑したり、その本当の姿がなくなってくるのではないかということですね。
生産者を訪問すると、よく見るのは、採種前の野菜の種にネットを掛けている所が多いです。ただし、ネットを掛けるのは最近の種をとる方法です。

なぜネットを掛けるのかというと、もともと村は子どもたちに食べ物を残すために、村の中みんなで交雑しないようにコミュニケーションをとってきちんと、一定時期は作付けをやめるなどして、このような野菜を次の年も残し、食べられるように村で守ってきたのです。しかし、今の村社会では、個々自由に自然農法、有機農法、慣行農法や作りたい野菜を自由に栽培しています。村の中が統制できなくなっています。だから隣の畑の作物と交雑しないように、今は、ネットを掛けて、その原種を残そうとしています。あるいは、東京のような所で野菜を作っているイメージで、交雑しない所で古来種野菜を作っている所も結構あります。ケース・バイ・ケースです。

ただ、私自身は、交雑してもいいと思っています。なぜかというと、もともと中国かどこかから来たその1本の大根の種が、例えば旅をして、どこかの宿場で誰かがその種を受け継いで、嫁に行くときに種を持っていき、その土地で代々根付いているので、やはりそれは変化するものなのです。そこであえて変化を止めることは、私はあまり好きではないのです。

逆に、交雑してもいいから、きちんと花を咲かせて、種を採って、自分たちが食べ物を得る技術や文化を残していきたいのです。交雑しないようにというのは、多分、生産者目線というか、ある意味商売目線になってしまうので、私はあまりそうならないようにしています。種を受け継ぐところに魅力を感じています。

ーー

最終的には、古来種はどんどん交配して、なくなっていくとお考えでしょうか。たしか、GM、つまり遺伝子組み換えについて、実際にアメリカやカナダで裁判が起こった事例があったと思います。その事例では、昔ながらに育てていた種や作物の中に、GMの遺伝子を持ったものがなぜか増えていき、それがどんどん広がって、最終的には訴訟問題になりました。そういった形でGMがどんどん増えていくと、今まで数百年守ってきた日本古来の野菜などが失われていきますね。また、視点を変えて、健康的な面のリスクも考えると、子どもたちに残していくというわれわれ大人の義務として、どうなのだろうと考えてしまいます。

高橋

GMは、やはりすごく大きな問題になってきます。この前、メキシコの人と会って意見交換会をしてきたのですが、やはりメキシコでもマヤ文明の伝統的なトウモロコシがGMに圧倒されています。今は世界的に、種を守る運動があります。

日本はどうかというと、先日、三重県で遺伝子組み換えのブロッコリーの種が輸送中に落ちて、三重県内では自家採種が禁止になりました。なぜ禁止かというと、自家採種すると遺伝子組み換えが広がるからです。理論はすごく合っているけれども、何かを守ろうとしているのではなくて、自家採種することによって広がってしまうから禁止なのです。不思議ですよね。

そのような現状が日本でも起きている中で、どう守っていくかです。私自身は、まだ答えは出ていません。まずは、GMをどうするかというよりは、種を受け継いでいくことの大切さを皆さんに知ってもらうのが先だと考えています。

ーー

古来種の収穫できる量って、F1種と比べるとどのくらいですか?

高橋

F1種の野菜の3分の1とかだと思います。

今後TPPが決まったときにどうなるかですが、そのときは多分、海外から入った安価な野菜を食べる生活になるでしょう。ましてや、農家でさえ、GMの野菜の方がもうかるのなら多分作ると思います。それはすごく理にかなっていることだし、農業で利益を上げて生活をされているので当然だと思います。

そのような社会の中でも、古来種の野菜が残っていく仕組みを確立したいのです。今のままでは、先祖が受け継いだものがなくなります。種はなくしたら復活できません。ずっと自家採種を続けなければいけません。そのためにも、一定の流通体制が必要です。

最後になりますが、この古来種を残していく活動は、今がまさに”時”だと感じています。この活動は最初、いろいろな方に反対されました。古来種野菜の種を守ることは、私が新しくはじめたのではなく、これまでも取り組まれてきた先輩方がたくさんいます。とても難しい活動です。

しかし、東日本大震災があって、改めて自分たちの足元はどうなのかとか、地域で高齢化が進み、おじいさん・おばあさんたちの昔ながらの生活・文化が途絶えようとしている今こそが、タイミングというか、このような野菜を子どもたちに残していく新しい仕組みを作れるチャンスだと考えたのです。

私たちは、この先祖から受け継いで来た野菜を次代の子どもたちに残していくことが目的です。そのために、八百屋・レストラン・インターネットを活用した仕組み・シードバンク・シェアシードなどのうち、どれが一番しっくりくるのかをまだ模索しています。このような野菜を残す良い方法があれば、ぜひ皆さんのアイデアをいただきたいと思っています。

今日は、全国で種を守っている人たちが本当に苦しんでいる現状を皆さんにお伝えしました。ありがとうございました。

講 師

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高橋 一也

warmerwarmer 代表

株式会社レストランキハチで調理師として働き、「有機野菜」と出逢う。1998年に自然食品小売業、株式会社ナチュラルハウスに入社。入社後アメリカのオーガニックスーパーマーケット「ホールフーズマーケット」、ヨーロッパドイツのオーガニックスーパーマーケット「ベーシック」をベンチマークし、オーガニック食品の販売、店舗統括、販売企画、商品部青果バイヤー等の業務を行い、取締役へ就任。2011年退社。日本の有機農業生産者の支援と新たなオーガニック市場の開拓活動(「自家採種、固定種、在来種」を守る)、固定種・在来種の知識を語り繋げる活動として、レストラン、野外イベント等で移動八百屋を開催、対面販売を行う。

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