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2014年12月17日(水) Think College Vol.26

地元の人が自分ごとから磨き上げる地域の個性
〜コミュニティデザインとサイトスペシフィックアートの狭間で〜

講師:中脇 健児 / 場とコトLAB 代表

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世の中の課題に取り組む人のお話を聴いて、一緒に考える講座シリーズ「Think College」。
今回のテーマは「”楽しく“まちづくりすること」です。

先生は、まちぐるみのイベントに限らず、移住者支援の観光づくり、特産品の広報戦略、地域の想いを紡ぐ商品開発のコンセプトデザインなどを手掛ける「場とコトLAB」 の中脇健児さん。
地域を舞台にしたアートプロジェクトを数々手掛けるうちに、“まちづくり”になっていったという、独特の経緯をお持ちです。

中脇さんが手掛けた伊丹市の事例をお聞きしながら、地域の人たちがプロジェクトを“自分ごと”として楽しんでいくためにできること、一緒に考えてみませんか?

講 座 レ ポ ー ト

「サイトスペシフィックアート」とは何か?

中脇

はじめまして、中脇健児と申します。私は1980年の大阪生まれで、伊丹市を中心に全国でいろいろな方を結び付けるようなプロジェクトをやっております。基本的には遊び心がモットーで、まちをどのように使っていこうか、遊ぼうかということをしております。

私は「場とコトLAB」という屋号で仕事をしているのですが、実は複数の所属がありまして、「伊丹市文化振興財団」という文化施設を運営管理する財団の地域連携担当の仕事、それから「京都造形芸術大学」のアートプロデュース学科という所で教えています。また、対話やコミュニケーションの技術の一つであるワークショップのデザイナーを育成するNPOの理事や商店街のアドバイザーなどもやっています。

まずは「サイトスペシフィックアート」とは何かということについてからお話します。
サイトスペシフィックアートというのは、地域固有の表現という美術用語です。大阪芸術大学在学時、19歳のときに、大阪ビジネスパークという所で、全然美術に興味がない人の所に作品を置くということをやりました。結構リサーチをして、フィードバックをしてコンセプトも考えたつもりなのですが、「その場所でしかできない表現」だったかと言うと、なかなか難しいと思いました。

その後「伊丹市文化振興財団」に入社し文化会館、市民会館のようなところに配属になりました。ロビーで、もう少しここを利用する人が楽しめるような作品を置いてみようと考えたのですが、私が思っていた以上に「アート」というよりはみんな「モノ」として見てしまい、触られたり気付かずに踏んでいかれるようなありさまで、職場からも「ややこしいことをするのはやめろ」と言われて、しょんぼりしてしまいました。

大学の時から続けてきた「その場固有の表現」というのがうまくいかず、ではどういうものが良いのかと考えました。それはいわゆる「アート」にこだわらず、日常が変身する価値観、少し違う見え方ができれば、手段はなんだって良いな、と思い至りました。

例をあげます。伊丹に昆虫館というものがありました。その屋上でミツバチを飼っていて、はちみつが採れるのですが、「売りましょうよ」と言ったら、「売るほどのものではないんですよ」とみんなで食べているとのこと。

伊丹は山が全然なく、住宅街のベッドタウンです。その中の自然公園の所の屋上で、採れたてのはちみつでカフェをしましょうと提案しました。これで十分コンテンツになるし、ここでしかできないなと。新聞も記事にしやすいものですから、それがきっかけで人がたくさん来ました。もっとのんびりしたかったのですが、2日で30万円ぐらいの売り上げになってしまいました。

このとき、このように日常を使うのであれば、別に「アート」にこだわらず、一番適したものをやれば良いのかと思いました。こうやってどんどん地域に出て行くのは面白いなあと思ったのです。

そんなことを続けていたら、私は”まちづくり”をやるようなイメージとして周りに思われたようです。私にとってはその場所の固有の表現だろうと思っていました。3年目ぐらいになってくると、とても評判が良くなり、街中に広がっていったのです。そこまで拡がると地域の人と話し合って決めていく機会も増えてくるのですが、その場所固有の表現というのは、「その場に居る人たちと話し合って納得して決めていく」という行動や話し合いに創造性を見いだして行くことかもしれない。私なりにそう思いました。こうなってくると私にとってのサイトスペシフィックアートは、もう全く美術ではなくなってしまい、美術関係者内では誰も私のことを美術の人というようには思っていません。

自分なりの「その場所固有の表現」を、住民の方々と一緒につくっていったら、最近では「コミュニティデザイン」とも言われるようになりました。私の場合は、大学の時にやった以来の反省点を基に、サイトスペシフィックアートの考え方の延長上に、話し合いで物事を決めていくということを10年以上やってきたのですが、これが「コミュニティデザイン」というものと重なってきたのかなって思いますね。

10年前の伊丹市はどんな街?

中脇

伊丹の事例をお話しします。10年やってきたことについて語りたいと思います。

これは伊丹の特徴でもあるのですが、10年前の伊丹は30代の人が一番多かったのです。もしかすると、この辺のニュータウンもそのような感じかもしれません。団塊ジュニアのような世代が多く、今でも微増していますので高齢化はそれ程進んでおらず、比較的順調です。

ではどのような強みがあったかというと、30代の微増傾向、都心部に近い、30~40代が増えてきてニューファミリー層も多いということ、それから結構重要なのが、古株の商店街の会長さんがほぼ引退間際、世代交代のちょうど良い時期ということでした。

その一方、課題としては、行政や商工会議所の方は企業のほうばかり向いてしまって、個人商店が集まっている中心市街地の1軒1軒の取り組みや街中のほうには全然向いていなかったことでした。個々の活動は豊かであったのにつながりがなかったのです。

強みのほうは、実は伊丹だけの特徴ではなく、阪神地域全般が大体このような街の状況でしたので、取り立てて伊丹の個性というわけでもなかったということです。世代交代は、代わりかけているけれど、まだ継いでいない。マンションが多く建ち始めていて、地域コミュニティーの希薄化が少し心配されていた。財政は依然として厳しい。そんな状況でした。

無理はしない、させない

中脇

当時、「派手なことをやって人を外から呼ぼう」とよく言われていたのですが、私がそのとき思ったのは、まずは住んでいる人の満足度を上げることでした。

これは、人の巻き込み方、どうやって動いていったら良いのか、またキーマンの発掘の仕方にもなると思うのですが、私は地域に出るきっかけとして、“音楽”をキーワードに使いました。どのような街でもそうですが、そのとき伊丹でもときどきライブをやっているカフェやバーがありました。その情報をA4のチラシにまとめることからしたのです。取りあえず情報を一元化するという試みです。それを『伊丹オトラク』というプロジェクトにして、全体が動いている雰囲気にしたかったのです。

初めは6軒の情報からスタートしました。文化施設の催しのときにこのチラシを配れば、終わった後にお客さんとして来るかもしれない、ライブに行くかもしれない、そういう感じで始めました。お店の方から「こういう動きを行政の人にしてほしかった」と言われたことは印象的でした。

私が最初にチラシを作るときから、そして今でも気を付けていることがあります。一つは無理をしないことです。自分も無理しない、相手にも無理をさせないことです。「無理させるようなお願いだったら、申し訳ないので言ってください」、とすぐ引くようなことを言います。よく“まちづくり”では、盛り上げるために頑張りましょう、ということがありますが、それだと使命感やなにかの犠牲の上にあるような気がするんですね。「いつもやっているものの延長上で良いんです。無理はさせたくないので」と言うと「それほど無理じゃないよ」と何か出てくることが多いです。こういうやり方でやっています。

人間は0を1にするのには大きな勇気がいります。イメージがつかないからです。もともとやっているもので、ちょっとこちらでやってみませんか、あれをやってくれているだけで良いのです、こちらが伝え方を変えます、というように持ちかけ、既にあるもの、居る人を活かすことを心がけています。

無理せずに既にあるものだけをやっているのであれば、単に寄せ集めのパターンになってしまいます。寄せ集めで良いのは最初の3カ月程度までで、必要なことはストーリーの展開を考えておくことです。これが重要なことですが、なかなか難しいことです。私の場合は、例えば次のプレスリリースは倍になったときにやろう、開始から何カ月で倍になりましたと出そう、祝1年でなにかやろう、そう考えます。このように、1年後はこうしたい、次はこういう広がり方が重要だ、というようなことは常に考えました。ストーリーテラーという役割は仕掛け人としては重要だと思っています。

『伊丹オトラク』は当初チラシの見せ方で、毎週伊丹ではどこかで音楽をやっているぐらいのイメージが生まれれば良いと思っていたのですが、1年ほどで賞味期限が切れるとも思ったのです。そこで広場のような、もう少しオープンスペースを使いたいと思い、県の数十万円の助成を取って広場でやることを考えました。このとき、新規事業でなければ駄目という助成でした。これは使えないと思ったときに、『伊丹オトラク広場』と言おうと考えたのです。このような言葉は誰も使っていませんから、新規としてできるわけで、これが徐々にブランディングになっていくのです。

どうやって広がっていったか

中脇

そういうことをしているうちに、伊丹で「クロスロードカフェ」というお店をやっている荒木宏之という人と出会いました。この人と出会ったのがとても大きかったです。この”キーパーソン”がきっかけで、ネットワークが広がっていきました。

ネットワークが広がってきたこの頃、先の“はちみつカフェ”から派生した展開がありました。たまたま昆虫館の中で、秋の虫の音を和風仕立ての展示にして聴くというイベントをやっていたので、「私たち(伊丹市文化振興財団)が管理している文化財の酒蔵と町家で、せっかくなら展示してみないですか?」と声をかけて「鳴く虫と郷町(ごうちょう)」というイベントにして展覧会を開催しました。そのときに、施設の中だけでやっているとそこに行かないと聴けないからと、みんなが聴けるように広場の街路樹にも虫かごをつるしたのです。

そうしたら荒木さんが「こういうのも良いなあ」と言っていたので、1年目が終わる頃に「荒木さん、実はこれを“オトラク”で培ったネットワークで、伊丹のいろいろな商店街中で置いてもらうようなことをしてみたいのです。ただ、虫を飼うのがどれぐらい大変なのかよく分からないので、試しに飼ってみてくれませんか」とお願いしてみました。

1週間ぐらい経って「どうでした?」と聞いたら「いやいや全然大変やないで。キュウリ交換するだけやし。お客さんも気になってて、いいコミュニケーションのきっかけになったわ」とのこと。「じゃあ、来年からやりましょう!」と、そういうふうに拡がっていきました。

これをきっかけに、2-3の商店街に広がれば良いかと思っていたのですが、「中脇くん、うちの商店街もやるよ」という話になり、いきなり2年目で5つの商店街に広がりました。

このように勢いが乗ってくると、今度は昆虫館の学芸員の方から、伊丹には博物館もいろいろあるからそういうコンテンツも使ってやると良い、ということを言われました。秋の七草を展示したり、昔の月見のような展示をしたり、俳句の博物館もあるからこのようなものをやろう、などみんなで相談をし、何の予算も立てずにすぐこれだけ広がっていったのです。これはとても広がるきっかけとなりました。

「鳴く虫と郷町」は2年目でいきなり70軒ぐらいになったのですが、このネットワークは資産ではないかと思ったのです。1年に1回なにかやるだけではもったいないと思いました。ちょうど、うちで情報誌を作っていたので、このときにコンセプトを大きく変えて、街ネタ系のフリーペーパーに方向転換しました。「鳴く虫と郷町」のネットワークを活かして、まちなかに流通していくんじゃないかと思ったのです。

実際に各商店会長に渡せば虫かごを渡すような段取りでそれぞれのお店に配ってくれたおかげで「伊丹の情報誌ができた」と巷では評判になりました。

あくまで、みんなができることをやるだけですが、そうこうしている内に、街のいろいろな人たち同士に“会う機会”が増えていきました。だんだんと色んな人が関わり始めて“ノリ”が多様になっていきました。多様なことは、とても大事なことです。そして3-4年目ぐらいから何となく地域に活動が根差し始めました。

盛り上がったところをやる

中脇

そうなってくると、みんながこうした活動たちを、伊丹の名物にしようというようになってきます。「みんな」で行う場合は特に“プロセス”が重要です。このときに私がとても大事にしているのは「Yes and」という考え方です。会議などで「No but」は良くありません。「それはできない、だけど」となると、気分が盛り下がってしまいます。

ブレーンストーミングをやっていくと、労力がかかる/かからない、お金がかかる/かからないなどで、アイデアが分けられていくのですが、大体リーダーは、すぐできることをやろうと「No but」による展開を選んでしまいがちです。それではブレーンストーミングの意味がありません。

例えば、虫の音を聞くイベントのグッズを作りたいということになったのですが、誰がそのお金のリスクを背負うかということになりました。そのときに、若手のパン屋さんが「テントウムシパンやトンボパンを作ったらいいやんか」と言って、それをグッズと言えば良いのではないかということになったのです。これが限定メニューになったところ、テレビ受けして、和菓子屋さんがテントウムシ和菓子、おすし屋さんも秋の手まりずしなど、どんどん広がっていきました。

ポイントは「妄想OK!」。会議では「アイデアの発散しか言っちゃダメ」とルール決めしてしまいます。こういうことを癖づけていくと、かなりみんなが前向きになっていきます。どうすれば良いのか?、できる範囲でどうやったらできるのか?、一番盛り上がったことをやろうとおのずと考えはじめる。

私は、合意形成のポイントは“盛り上がったところ”だと思います。会議の流れの中で、最終的な話題の結論を実行するというより、流れの中で一番盛り上がったところを選び出し、「これをやれるように考えてみない?」と言うのがみんなが一番納得いくと実感しています。

今の話が伊丹の事例です。合意形成のポイントでも言いましたが、活性化のコツは「盛り上がったところをやる」「無理をしない」「既にあるものを活用する」「妄想的に考える」ということです。みんなの意見を入れることで、これは俺たちのものだ!ということになってきます。これが地域活性についての、一つのアンサーになるのかと思います。本日はありがとうございました!

講 師

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中脇 健児

場とコトLAB 代表

1980年大阪生まれ。兵庫県伊丹市を中心にミュージアム、商店主、行政、市民を結びつけるプロジェクトを多数展開。「遊び心」をキーワードに関わる人全員が主役になれる場を創り出す。代表的なプロジェクトは「伊丹オトラク」「鳴く虫と郷町」「はたら子」。近年は関西一円に活動を広げ、衛星都市、観光地、過疎化の集落など、あらゆる場面でワークショップを機能させ、なんだか愉快な「街」をつくるのに寄与する。共著『タウンマネージャー』学芸出版。

・公益財団法人 伊丹市文化振興財団
 地域・施設連携担当
・京都造形芸術大学
 芸術表現・アートプロデュース学科 非常勤講師
・NPO法人 ワークショップデザイナー推進機構 理事
・株式会社 全国商店街支援センター
 商店街よろず相談アドバイザー