西武西武渋谷店

2015年3月18日(水) Think College Vol.29

「これいいね!」を、もっと伝えるために大切なこと
〜ソーシャルプロジェクトのPRの仕事から〜

講師:編田博子 / PRコンサルタント

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世の中の課題に取り組む人のお話を聴いて、一緒に考える講座シリーズ「Think College」。
3月のテーマは「思いを伝える」こと。

あなたが、いま、好きなことはなんですか?
その「好き」をだれかに伝えたいと思ったとき、どうしたらいいでしょう?

伝えたい相手に、きちんと伝える。そのために必要なものはなんなのか。なにを心にとめておけばよいのか。
PRのプロフェッショナルと一緒にさぐってみましょう。

講 座 レ ポ ー ト

伝える仕事のはじまり

編田

みなさんこんにちは、編田博子です。私はいま、PRコンサルタント、放送作家、web媒体のプロジェクトマネージャー、そしてフリーアナウンサーといった肩書きで仕事をしています。「バラバラですね」といわれるのですが、私のなかではひとつ。「伝える仕事です」とお答えしています。「伝える」ために、PRすることや、テレビやwebといったメディア、ときには直接自分の声で語ることが必要だったりするのです。

きっかけは、ネパールという国でした。それは私が小学校3年生のとき。そのころ私の父は、青年海外協力隊員として2年間、ネパールに単身赴任していました。私たち家族は、その期間中に1か月間だけ、父のもとをたずねてネパールに行ったことがあります。

当時は「少年アシベ」が流行っていた時期なんですね。覚えていますか? アシベくんの親友スガオくんが、ネパールに引っ越してしまうというあの事件があったころです。私たちの同級生のあいだでは、ネパールといえば「トラと一騎打ち!」みたいなゆかいなイメージしかありませんでした。

実際に行ってみると、そこは、もちろんそんな場所ではなくて、住む家の床(ゆか)は草、天井は布きれ1枚。道端で倒れていく人たちの姿をまのあたりにして、小学校3年生の私はものすごい衝撃を受けました。

帰国後、学校でそうした経験を作文に書いて発表する機会がありました。すると、椅子にふんぞり返って聞いていた男の子たちが、わたしの言葉を聞いているうちに、しだいに身体を乗り出してきて、すごく真剣な表情になっていった。そのとき私は、自分の体験や考えを人に伝える仕事のおもしろさに気がついたんです。以来、私は伝える仕事をしようと思うようになりました。

まず思いついたのがアナウンサーです。大学を卒業した私は、アナウンサーとしてNHK秋田放送局に勤務。東北という地盤で働くこともほんとうに楽しくて、のめり込んだ2年間でした。その一方で、現場によっては「これはテレビよりもwebや新聞のほうが、伝えたい人に伝わるのではないか」と感じることもありました。

もっと伝える人のお手伝いができる仕事はないか。探し始めた私は、「PR」というものを知りました。PRコンサルタントになるために東京に戻り、私を入れて6人ぐらいの、小さなベンチャーの会社に転職したのです。

書籍の出版やwebでの発信、イベントの開催や、テレビを介した紹介の仕方など、さまざまな「伝える方法」を勉強させてもらい、2010年に独立。いまはPRコンサルタントとして働きながら、単なるコンサルタントとしてだけでなく、私自身も最終的な伝え手でありたいと、放送作家やプロジェクトマネージャーなど、いろいろな手段をふやしているところです。

ポテサラでコミュニケーション

編田

今日は、私の仕事のなかでも、とくにPRコンサルタントについてお話しします。
私は、PRを「伝える仕組みをデザインすること」と考えています。伝えることは、一人ではできません。なにかを「伝えたい」という強い思いをもつ人がいることがまず大前提ですが、その人が一人いても伝わったことになりませんよね。

一人の思いを人から人へきちんと伝え、残していくための仕組みや道筋をきちんとデザインしてあげることが、いいPRだと思っています。

これまで手がけてきたPRの事例を2つご紹介しましょう。
ひとつは、「シャッター通り商店街」。私が2011年からお手伝いしている、大田区の山王商店街です。午前10時になってもお店のほとんどが開いていなくて、人通りもない、よくある「シャッター通り」です。でも、地元の人はそうは認識していません。ただ、高齢化が進んでいるので、若い人を空き店舗に誘致してほしいというのが、私のところにきた依頼でした。

ところが、地元で「この商店街のいいところはどこですか?」と問いかけても、なんにも出てこない。隣のお店の悪口ならいろいろ出てくるのに、です。ここでの課題は、若い人が入ってこないことではなく、商店街の人たち自身の、商店街にたいする愛情がないところだったんですね。まずはそこからの改善を考えました。

そこで始めたプロジェクトのひとつが、「地域のフリーマガジンをつくる」ということでした。でも、実はこれは名目で、ほんとうの狙いは、地元のおじちゃん、おばちゃんたちを、仲良くさせること。

たとえば『我が家のひとさじ』という記事を企画し、回覧板をまわして「ポテトサラダをつくってもってきてください」というお願いをしました。「何月何日何曜日の何時に、プロのカメラマンが撮影します」とだけお知らせして、詳しい説明はほとんどしません。もちろん協力してくれない人もたくさんいましたが、少なくとも「なんだろう?」というザワザワが起きました。

スーパーで顔を合わせても言葉も交わさなかったおばちゃん同士が、「サラダの回覧板見ましたか?」「お宅のポテトサラダに、ハムは入っていますか」と、声をかけあうようになっていったんです。

撮影会の当日は、みんなに見える会場を設定し、『料理通信』や『エル・ア・ターブル』といったおしゃれな料理写真を撮るプロのカメラマンを呼んで、家庭のポテトサラダを素敵に撮ってもらいました。

それは、ただのページ1枚の企画ではなくて、このページをつくることを通して、商店街のおじちゃんおばちゃんたちが何気ない会話をかわすこと、顔を合わせたくない人同士を同じ場所に 引っ張り出して会話する仕掛けをつくることが目的だったわけです。

1冊目に協力してくれたのは、ボタン屋のおばちゃんと、お饅頭屋のおじちゃん、最近商店街にできたばかりのカフェのオーナーのたった三人。でも、みなさん、フリーマガジンを通して、「自分の店のボタンってこんなにかわいいんだ」「自分のつくる饅頭ってこんなにかっこいいんだ」「うちの店って、地域の人に期待されているんだ」と再認識してくれました。

そして、何百冊というフリーマガジンを近所の銀行や、協力してくれなかったお店にまで配りに行って、自発的に「自慢」を始めてくれました。外の人から表現されることで、「自分たちの商店街って、こんなにおしゃれで、楽しそうなところなんだ」と思い始めてくれた。そして、その思いを自分のまわりに広め始めてくれたんです。

2冊目をつくることになると、いままで「絶対にいやだ」といっていた人たちが、どんどん出てくれるようになっていました。1冊目の交渉では門前払いだったカレー屋のおじちゃんが、2冊目のトップバッターです。1冊目を見て、引っ越してきてくれた人も登場しています。この人は、いまや商店街のいろんなイベントの中心的存在です。

自分たちで発信する媒体だけではなく、一般のマスメディアも活用しました。わたしが放送作家として関わっている日本テレビの『news every.』という夕方の番組でも、20分間の特集を組んでもらいました。

番組では、商店街のギスギスしたところも見せながら、街がどう変化していくかを紹介しました。もちろん、商店街の人たちだって格好悪いところは見せたくない。でも、自分たちで格好悪いと認識することが実は重要なんです。さえないディスプレイをしていたお店が、「こんなふうに撮られるなら、もっと魅力的にしなければ」と、自分から改善を考えるようになる。「メディアに出る」ことは第三者の目で自分たちをとらえ直すうえで、非常に重要なことだと思っています。

フリーマガジンを出したからといって、テレビに取り上げられたからといって、商店街のシャッターが劇的に開くわけではありません。でも、小さな変化は確実に起きています。。これまで商店街に来たこともなかった若いお母さんたちが、子どもをつれて遊びにくるようになりました。みんな、フェイスブックで自分たちの商店街を自慢しています。街のことを自慢してくれる人が、以前よりずっと増え、その“自慢”が連鎖しているのです。

みんなが住みたい、みんなが自慢したいと思える「理想の未来」を先取りして見せてあげる。これが、ひとつめの「『これいいね!』をもっと伝えるために大切なこと」です。

「コンセプト」を自分の言葉で

編田

つぎにご紹介するのは、気仙沼の「かに物語」というカニ専門店です。

このお店が扱っているディープシーレッドクラブというカニは、日本でもたまにとれるという深海のカニで、味はよいのですが、殻に赤黒い斑点があり、見た目のせいであまり売れませんでした。

40年以上前から、この会社ではナミビアで水揚げしたこのカニの殻を剥いて、食材として中華街などに卸していました。ところが2011年の大震災で、気仙沼にあった17軒の工場がすべて流されてしまった。そのときから、自分たちのおいしいカニを、もっと顔の見えるかたちで売っていきたいという思いが強くなったのだそうです。

けれども、ノウハウもないままいきなり小売りや飲食としての出店は厳しいものがありました。そんなころ、たまたま麻布十番まつりで代表の方と出会ったのが縁で、私もPRのお手伝いをすることになったのです。

最初に私がスタッフのみなさんに「自分たちのHP、月に何回見ますか?」とたずねたら、多くて「1回」。それなのにオンラインで売れないことを嘆いてばかりいる。この状況を改善することからスタートしました。

まずは、いいなと思う料理雑誌やフェイスブックのページをプリントアウトしてきてもらい、「かに物語」に合うイメージをさぐりました。そして、それが将来なりたい像に合っているのかをマッピングしてもらいました。

その作業のなかで、わたしも、「かに物語」のいいところや課題、伝えたい思いをヒアリングし、最終的に、企業としてのコンセプトを「特別をもっと身近に。」と定めました。

震災で、ほんとうにすべてを失ったみなさんです。スタッフのなかにも、家すらなくした人もたくさんいて、今日と同じような明日が来るとは限らない、ということを体験されている。

わたしは、みなさんのお話のなかから「特別な日というのは、記念日や誕生日みたいに、明日にとっておくものじゃない。毎日が特別なんだ」という思いを感じました。その毎日の「特別」を、ハレの日の食べものであるカニで、身近に引き寄せられたらいいな、と。

具体的なPRとしては、たとえば、料理業界をはじめとするメディアの人たちをお呼びしてプレスイベントの場をもうけました。商品の紹介や、いろんな料理の提案をしながら、メディアとしての意見も返してもらいました。そこは、スタッフたちが自分たちの言葉で、商品への思いを話してもらう訓練の場でもありました。

そうすると、最初は全然つかわなかった「特別をもっと身近に。」という言葉が、だんだん自然に出てくるようになったんです。いまでは、わたしが台本をつくらなくても、きちんと自分たちの自慢ができるようになりました。

PRマンを育てるワークショップタイム

編田

ちょっとPRの仕事を体感してみましょう。

ここでは、以下の様なワークショップを行いました。

 1.最初の課題は、「いま自分の好きなこと」。
   二人一組になって、ペアの相手に、「いま自分の好きなこと」を伝えてみましょう。

 2.つぎに、質問タイム。ペアの相手の「好きなこと」について、質問をぶつけ、
   相手の「好き」をもっと引き出してあげてください。
   質問によって、好きを掘り下げて、引きだしてあげてください。

 3.ペアで役割を交代してください。話した人が聞き役、聞いた人が話してあげてください。

 4.2ペア1組になって、それぞれのパートナーの好き自慢をしてください。
  「この方って、これのこんなところが好きなんだよ」とPRしてください。

編田

「好き」は十分伝わりましたか?
これでもう三人の人が、あなたの「好き」を応援してくれるPRマンになりました。

PRをするにあたって、必要なものってなんでしょう。スキルでしょうか、経験でしょうか。私は、どちらも大事だけど、それよりも大切なのは、誰かに伝えたいと強い思いを持てるくらい、そのサービスやプロジェクトや、「ひと・もの・こと」を理解して、好きになれるかだと思っています。

同級生100人、ひとりひとりの「自分ごと」

編田

もうひとつ、私が手がけているソーシャルプロジェクトが「トカチプ」です。これは私の故郷である北海道・十勝の食材を、東京の商店街で共同購入するというイベント。 北海道からの個別配送だとどうしても高くなってしまう送料の問題を解決し、顔の見える関係で、新鮮でおいしい食材を飲食店に提供するのが狙いです。

年に数回の開催ですが、期間中は商店街の飲食店がそれぞれに工夫を凝らし、十勝の旬の野菜や肉、乳製品をつかったメニューを提供します。マルシェでの販売も好評です。その反響も、十勝の生産者にもちゃんとフィードバックしています。

2013年の初回開催は代々木上原から代々木八幡が中心でしたが、いまでは松濤まで規模が拡大し、17軒の農家の食材を34軒の飲食店が共同購入してくれるようになりました。

私が最初にPRマンとして声をかけたのは、北海道十勝の高校の同級生たちです。ことのはじまりは2013年のお正月。新年に行われる恒例の飲み会の席でした。

「十勝のおいしい食材を、東京でも食べられるようにしようよ」

わたしのアイデアに対するみんなの反応は、驚くほど大きいものでした。さきほどの商店街の人もカニ屋さんも、もともと自分たちの商品や場に自信がなかった人たちで、まずはそこを変えることがスタートでしたが、「トカチプ」は、一緒にやりたいというメンバーが、そもそも大好きな十勝のためになにかしたいという強い思いを持っていたんです。あとは、なにを、どうやってやるか。それを考えるだけでよかった。

卒業から13年が経っていました。東京に出てきている同級生も、十勝に残っている同級生も、みんなが全国から集まってくれました。ミュージシャンになった仲間が音楽を担当し、建築士になった子がマルシェの土台をつくるなど、みんながスキルを活かしてイベントを動かしました。

同級生メンバーは約100人います。当初はそれぞれの温度差がかなりあって、そこをどうまとめるかが難しい課題でした。重要なのは、「十勝のためになにかしたい」という私の思いを、ひとりひとりの「自分ごと」にするということ。同級生みんなにとって、かかわってくれる街のみなさんにとって、農家さんにとって、自分たちのイベントだといってもらえるように育てていくことでした。最初はわたしが提案してばかりだったのですが、いまでは、みんなからどんどんアイデアがあがってくるようになっています。

そんなふうに、本気で関わってくれて、自分ごととして話してくれる人をどれだけ増やせるかが「これいいね!」を増やすために大切なことだと思っています。ぜひ、みなさんの自慢で、社会をハッピーにしていってください。今日は、素敵な機会をありがとうございました。

講 師

hiroko-amida
編田 博子

PRコンサルタント

北海道帯広市出身。中学校の時に参加した弁論大会をきっかけに、“伝える”ことの虜に。NHK秋田放送局で情報番組のキャスター、ラジオのパーソナリティ等を勤めた後、より多くの“伝える”手段を学ぶためPR業界へ転職。2010年にPRコンサルタントとして独立し、地方自治体やNGOのPRを数多く 手掛ける。同年、放送作家としてもデビューし、現在は、テレビの報道番組の企画・構成も行っている。2012年から、プロジェクトマネージャーとしてグリーンズに参画。2013年、故郷北海道十勝の食材を、東京の商店街で共同購入するプロジェクト「トカチプ」を立ち上げ活動中。

トカチプ