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2015年10月21日(水) Think College Vol.36

場の運営を通して、面白い人たちが集まる仕組みをつくる
~まちづくり会社ドラマチックはこんなふうに~

講師:今村ひろゆき / まちづくり会社ドラマチック代表社員

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世の中の課題に取り組む人のお話を聴いて、一緒に考える講座シリーズ「Think College」。
10月のテーマは「場をつくる」こと。

5年前、あなたはなにを考え、なにを夢みていましたか? 
絶好調のときもあれば、うまくいかなくてモヤモヤしていたときがあったかもしれません。
一人きりのそんな状況から、いかにして周囲を巻き込み、まちづくりの会社を立ち上げていったか。
等身大の体験談を共有しながら、「場づくり」そして「働き方」「生き方」について思いを巡らせてみませんか。

情報を得る、人に会う

今村

まちづくり会社ドラマチックの今村ひろゆきです。5、6年前はシブヤ大学でボランティアスタッフをしていまして、まさにこういった授業のときに、みなさんのお手伝いをしていました。今日は講師としてみなさんの前に立っていることが、うれしいのとともに緊張しています。

千葉県松戸市の出身で、親の仕事の関係でトルコに4年間滞在していたことがあります。学生時代はバックパッカーで100日で数カ国をまわり、いずれは海外をまたにかける仕事をと思っていましたが、いろいろあって、今は日本のまちづくりをしています。

最初に就職したのは電機メーカーで、半導体の営業をやっていました。そこからすぐに都市コンサルタントの会社に移り、大規模な開発に携わることが多くなりました。大手の不動産デベロッパーといっしょになって、商業施設の企画やテナント構成を考えたりする仕事です。

大規模開発というのは、まちの景色や人の流れを大きく変えるという意味ではすごくパワフルです。その一方で、かなりの初期費用が必要なので、テナントの家賃がどうしても高騰します。ともすれば大企業やチェーン店ばかりになり、新しくなにか始めたい、社会的なことをしたいと考えているテナントはなかなか入りづらい。このような現状では、コミュニティや人と人とのつながりが求められる時代にあって、大規模開発からつながりを実現するのは難しいのではないかと感じていました。

そこで、会社員をやりながら、少しずつ、自分でプロジェクトをおこし、場づくりをするための活動を始めていきました。

最初にやったのは、まず情報を得ること。いろんな本や雑誌、webなどから情報を得る。そしていろいろな人に会いに行きました。そのなかのひとつがシブヤ大学です。まちの中の空いているスペースをつかって、さまざまな、しかも面白い授業をやる。そんな「存在しない」大学があると知って、すぐに訪ねていきました。ハセベケンさんや左京泰明さんともお話ししながら、建物をつくらなくても場所はつくれるということを知りました。それまで建物をつくる仕事をしていた自分にとって、それはまったく新しい発想でした。

ほかにも人に会うために旅をしたり、自分が会いたい人たちを呼べるようなテーマを設定し、ゲストを呼んで、5人から10人くらいの食事会を開催したりしました。

こうしてたくさんのことをインプットしながら、自分がどんなことをやりたいのか、どんなことができるのかを少しずつ考えていったんですね。

MaGaRiで「資源」を掘り起こす

今村

そして、ちょうど5年前の2010年から「二足のわらじ」を始めました。週3日は会社員で、残り4日は自分の会社の仕事をやっていく。ねらいは「企業勤めをすることでリスクを抑える」ことと、「自分のプロジェクトを育てていく」ことです。

わたしのプロジェクトの視点は、新しいものをつくるのではなく、既存の空いている部屋とか空き家をいかし、面白い才能を持っている人や、場所をつないでいくところにあります。

今村

たとえばMaGaRiというwebサービスです。

お店やカフェが18時からのオープンとすると、17時までは閉まっているんですね。定休日もあります。その時間って、よく見ると「資源」なんです。その資源を間借りさせてもらう。

ほかにもいろいろな場所の間借りをしています。谷中の「貸はらっぱ」は1日2000円と格安です。鶯谷にある元キャバレーは1時間3万円。社会起業家のオフィスのロビーやオフィスの一部を使えるとか、デザイナーさんのオフィスやクリエイターが集まるビルの一画を使うとか。そういったいろいろな場所を紹介するサービスをはじめました。

飲食許可もとって「日替わりオーナーの店」も始めました。週に1回、お店を出したいという人を募集して、お店をやるんです。東京マサラボーイズというカレー屋さんは、普段はデザイナーをしていて、スパイスの研究をしているうちにそれを発表したくなって始めたというカレー屋さんなんですが、すごく人気がでちゃいました。

わたしは「すべての人はクリエイター」であると考えています。サラリーマンも、デザイナーも、社会的な会社をやっている人もみんなそうです。いろんな人と話していると、ほんとうにさまざまな力を持っている人がいて「それってすごいよね!」といつも感じ入ります。そういった人たちの才能をもっと開花させたい。そして問題に思っていることを実現したり、解決する人を増やしていきたいんです。

みんなでリノベーション、「ループ浅草」

今村

場づくりとして最初に手がけたのは「ループ浅草」です。浅草駅から徒歩6分、まわりは高いビルに囲まれた場所にある、元サンダル問屋の木造2階建という立地です。

それまで大田区の大岡山に住んでいたのですが、このタイミングで浅草に引っ越しました。ちょうど賃貸の更新時期だったのと、自分のすむ場所と仕事場と遊ぶ場所を1つの街にしたかった。くわえて2010年当時、このあたりには将来スカイツリーができるということ、そして東京の東側はアートや台東デザイナーズビレッジがあってクリエイターがたくさんいるという話を聞いていて、これから盛り上がるのは東にちがいないという確信があったんです。

ところがこの物件、床は抜けているし、2階は壁一面ヤニに覆われていて、畳はぼろぼろ。古い看板も残ったままで、ヒビも入っていました。

でも、そこに入ったとたん「これはめちゃくちゃ可能性があるぞ」と思ったんですね。というのは、たとえば1階入っての天井高が3メートル50センチくらいあるんです。ここならなにかができそうな予感がしました。

そこをすぐに借り、ほとんど仲間内でリノベーションをしました。3回か4回にわけて、のべ50人くらいでマスクしながらヤニとりをして、ペンキを塗って。改装中もキャンドルナイトみたいなイベントをしながら、活動をつねにブログにアップ。すると「わたしも参加したい」という人が現れるんです。こうしてオープン前から、「浅草にそういう場所ができるらしい」という情報が浸透していきました。

完成したループ浅草は、2階はシェアオフィスとして、デザイナーとかライターさんとか、建築家といったクリエイターのためのスペースになりました。

1階は子どもたちのワークショップや、物を交換するイベント、音楽のライブなどのためのイベントスペースです。なかでも力を入れていたのが、地域の人たちが集まるサロンです。

当初は「浅草ジャンクション」、その後「隅田川ジャンクション」と銘打って、このエリアで面白い活動をしている人たちを5人くらいお呼びし、ひとりひとりにどんな活動をしているのかをトークしてもらいました。台東区の区議会の方とか、地元の老舗、近くのカフェの人、ライターさんとか、いろんな方が来てくれました。

今村

自分たちでスペースを運営しながら、月に数回イベントをやっていく。最初は小さな雪玉みたいなものだったのが、続けていくうちにどんどん大きな雪玉になっていきました。

浅草は、じつは革靴の生産では日本一のまちです。地元の皮革青年会が90周年記念に向けた会議が開催され、ゲストとして呼んでいただいたりするうちに、いっしょにイベントを立ち上げようということになった。そうして2013年にスタートしたのが浅草エーラウンドという、浅草を舞台にしたモノづくりの祭典です。初回からおよそ100社、今年も150社ほどが参加してけっこう大規模なイベントになっています。

浅草の靴メーカーって、OEMの生産が多く自分のブランド名では商品を出していないところも多いんですよね。だから浅草が革とか靴の町だというのが全然知られていない。独自のブランドを立ち上げるべき、と提案し、皮革製品の魅力を発信するTOKYO L(トーキョー・エル)のプロジェクトを2014年にスタートしました。デザインの最前線で活躍中のクリエイターと地場の企業をマッチングして、新しい商品開発を進めているところです。2016年2月にはバイヤー向けの展示会も開催されます。

「インストールの途中だビル」、その先の展望

今村

わたしのこれまで5年間のプロジェクトを駆け足でご紹介しました。最初の2010年は、なかなか認知度も高まらず、一日のPVも数十どまりでした。収入もなく貯金を取り崩して、ハラハラしながら2011年に突入。そのうちに追い風が吹き始めました。たとえば、MaGaRiプロジェクトが内閣府のビジネスコンペの優秀賞を取って助成金を得たり、greenz.jpや横浜経済新聞をはじめ、数々のメディアが取り上げてくれるようになったんですね。

それを少し客観的に考えると、次のようなことだったのかなと思います。

まずは、活動に名前をつける。「ループ浅草」とか「MaGaRi」とか名前をつけてから、実体となる活動、たとえばトークイベントを継続してやっていく。それを、ブログとかフェイスブックとかにきちんと残していきます。

会いたい人にはこちらからどんどん声をかけていき、ゲストにお呼びする。自然と、さらに面白い人たちが集まってきます。そのための場所をつくると、新しい話がつぎつぎに入ってきて、エーラウンドみたいに、地域の人たちから声もかかるようになり、だんだんまわりを巻き込んでいくかたちになったんですね。

今村

品川区の中延では、「インストールの途中だビル」という一風変わった名前のビルもやっています。

これも、もともとぼろぼろな状態で、テナントさんがみんな出て空いたまま数年たっているビルです。オーナーさんから相談を受け、うちがそこを借りて、クリエイターのためのシェアアトリエを始めました。今は25組40名くらいの人たちが使っていて、ファッションのデザイナー、映画監督、アーティスト、演劇団体、漫画家、建築家、職人と多様な人たちに利用されています。

ここをベースにしてトークイベントをやったり、「中延エクスポ」と言う名で半径500メートルくらいを「まちの文化祭」と銘打って年に1度のイベントをやったりしています。このイベントでは300mのアーケードにフラグを飾り、アーティストを招聘して地元の人と交流してもらいます。「売る−買う」の関係を超えて、お客さんと店主さんがコミュニケーションをできる機会にしようと、お店の中でワークショップもやってもらったりしています。アーケード商店街ではファッションショーもします。商店街から廃材をもらって服をつくり、それを着たダンサーが踊りながら道を歩くんです。

このビルで提唱したいのは「経年劣化から経年成長へ」ということ。普通の商業ビルやオフィスビルは、オープンしたときが一番きれいで、時間が経つとだんだん劣化していきます。建物自体が汚れたりするだけでなく、コンテンツ的にも情報発信をしなくなり、イベントも減って、ようするに人気がなくなっていきます。たいていはそこで大リニューアルみたいなことをするんですけど、この「インストールの途中だビル」は、まったく逆です。もともとがきたない状態なんですね。それを少しずつみんなできれいにしていきます。まちの人との関係が構築され、メンバー同士の思い出が積み重なって、みんな仲良くなっていく。そういった“コト”を通して「場所をリノベーションする」という試みをしています。

もともとアート、カルチャー、デザインといった分野の人が集まっているので、それにまつわるイベントを開催すれば、興味のある人たちをさらに引きよせることができる。地縁とか血縁とかとはまたちがった「テーマ型コミュニティ」がこの場所ではできています。そういった人たちに祭りに参加してもらうことで、まちのコミュニティに少しずつつなげていくんです。

同時に、周辺の空きビルや空き家も少しずつ開拓しています。ここでは1個のビルだけではなく、周囲の場所もクリエイターやアーティストが使うようにして、ビレッジにしようと考えています。

これからやりたいこと

今村

2013年末に会社から独立したわたしですが、同じ年に誕生した息子がいて今2歳になっています。2015年からは社員が二人入り、個人から、ある程度利益を考えなければいけない組織になってきました。今は、これまで場当たり的にやっていたものを、ちゃんとした仕組みにするトライアルの段階だと思っています。

そして5年後、どんなことをしていくか。台東区の下谷には周囲に面白そうなスペースがいくつかあるので、それをさらに盛り上げていきたいですね。「入谷、根岸あたりが、面白くなってきてるらしいよ」という気運をつくって、そこに拠点をかまえるような人を増やしていくんです。

不動産屋も始めました。自分たちの拠点以外にも、周囲に空きビルがあればそこを紹介できるようになっています。まちに面白い人が増えたら、わたしたちの事業を継続する糧にもなっていくはずです。

一連のプロジェクトをある程度の型にまとめることができたら、地方都市にもノウハウを提供することができるかもしれません。

ライフスタイルそのものも変えていきたいですね。会社に勤めていたころ、まわりの人はみんな「仕事=つらいこと」と感じていました。たとえばコンペに勝つということは、忙しくなって自分の時間や家族との生活を犠牲にするということに等しかった。だから仕事が増えれば増えるほどつらくなるんです。それを変えてやろうと思ってるんですね。

仕事をすればするほど運動不足が解消されたり、ストレス発散になる。働けば働くほど、友だちが増える。仕事の成果が家族も使えるようなサービスの提供であれば、社会の一員として家族も幸せになる。働く時間だって、夕方6時くらいに引き上げられるようにすれば、趣味の時間もつくれます。働くことによってどんどん豊かになっていき、仕事をすればするほど爽快になるんです。今から5年後の2020年にはそんなことがライフスタイルとして確立できないかなと思っています。

参加された皆さんから今村さんへの質問

ーー

クリエイティブな自分になるには、そして人をクリエイティブにするためには、どんなことを考えればよいのでしょうか?

今村

難しい話ですけど、「すべての人はクリエイター」だという思いが前提としてあります。もちろん、正解はないんですよ。でも、手始めはまず自分の得意なことを挙げていくことでしょうか。ほかの人を乗せていく方法として、わたしたちがチャレンジをしているのは「いっしょにイベントをつくる」こと。要は並走してあげることです。それだけで、相当アイデアが湧いてくる人がいます。いっぽうで、「こんなに話を広げちゃって、できるのかな」と心配になる人がいる。そういうことって、いっしょにリスクを考えたり、具体的な解決策に落とし込んでいけば、「できそうだ」という気持ちに変えていくことがでます。ひとりひとりの性格を見極めながら、それぞれのいいところを見つけて、ちゃんと伝えてあげることですね。

ーー

もともとそのまちにある、古いコミュニティを変えていくのは難しくないですか?

今村

外から入ってきて、地元の古いコミュニティの人とつきあうためには、ある種の「翻訳家」「通訳」が必要なこともあります。台東区入谷の場合は、地元の人が集まる焼き鳥屋さんがその役割を果たしてくれました。

講 師

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今村 ひろゆき

まちづくり会社ドラマチック 代表社員

1982年生まれ。幼少時代は4年間トルコ在住、学生時代は約100日で数カ国を周遊。2004年 早稲田大学商学部卒。富士通にて国内・海外の半導体営業を経て、2006年 北山創造研究所にて首都圏、大阪等の商業施設プロデュース/ 再生の仕事に従事。2008 年よりエナジーラボへ転籍。2010 年 まちづくり会社ドラマチック立ち上げ。「街にユニークな人材や活動が根づく仕組みづくり=まちづくり」とし、その実現のために様々なプロジェクトを進める。

まちづくり会社ドラマチック