西武西武渋谷店

2015年12月16日(水) Think College Vol.38

「健康なまちづくり」を考える
~地域コミュニティのなかでお医者さんと一緒にできること~

講師:坂本文武 / Medical Studio 代表理事

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世の中の課題に取り組む人のお話を聴いて、一緒に考える講座シリーズ「Think College」。
12月のテーマは「医療から社会を変える」こと。

病気になったとき、わたしたちは病院で診察を受け、治療したりお薬をもらったりします。
でも、その病気がすぐには治らないときは、どのように向き合っていけばいいのでしょう?
病気の原因が職場の人間関係にあったり、自分自身の生活の仕方にあったりしたら、どうしましょうか?
そんなことまで相談にのってくれるお医者さんがいたら、きっと心強いですね。
誰もが前向きに、健康な暮らしを追求することができるような、そんな医療のありかたを一緒に考えてみました。

「医学」はサイエンス、「医療」はアート

坂本

Medical Studioの坂本です。わたしたちがやっていることは、医療専門職向けに行う教育活動。簡単にいうと、お医者さんに、医療を基盤にした地域との関わり方やまちづくりを教えています。もともと小児科医の先生を中心に20人ほどの有志が集まっていたところに、これまで地域づくりに携わり、NPOの運営などで蓄積したノウハウをもつわたしが加わったかたちです。このMedical Studioが始動して4年目ですが、まだ離陸まではいけてない状況です。あと数年かけて軌道にのせていきたいと思っています。

最初に、医療の大前提として「病気は病院で完治させ、元気な体で家に帰す」という考え方は、もはや主流ではなくなりつつあると申しあげておきましょう。いま、医療業界は100年に1度の大変革期にあるのです。

わたしたちのまわりを見ても、いつも元気で健康の課題もなく、疲れもだるさもまったくない人ってあまりいないですよね。そういう意味では、誰もが多少なりとも健康課題を抱えながら、自分の生きたいような暮らしをしていく時代。健康に不具合があっても、完璧な状態に治そうとするより、むしろ「ちょっと都合は悪いかもしれないけど、だましだまし、うまく生活していこうよ」という医療者が必要になってきているのです。

そして、たとえば頭痛という症状も、その原因の多くが心理的な問題だったり、仕事や家庭のトラブルだったり、医療とはまたちがう世界からきていることがあるわけです。逆にいうと、生活が病を生むという側面が大きくなっている。そういった意味で、いまは医療者が社会的な生活領域まで考慮しなければならない時代になっています。

「医療とは医学の社会的適用である」という考え方は、昔からありました。科学に基づいて問題の原因を特定し、科学的に対応していくのが「医学」。その医学を、いまの社会に、いまの個々人の暮らしに、どう適用していくかを考えるのが「医療」というわけです。

先進的なお医者さんたちはしばしば「医学はサイエンス、でも医療はアート」といいます。個別性が非常に強く、杓子定規なエビデンスが通用しない世界が医療であり、医療がむしろ暮らしのさまざまな課題と矛盾を克服するパートナーたりうると考える医療者が増えている。ただし、その増え方が非常にゆるやかで、まだまだ絶対的な数は足りていません。

医療者の考え方が変われば、私たちの人生や暮らし方も変わります。「それはしてはいけません」「これは薬で管理しましょう」というドクターばかりだったら、わたしたちの暮らしはものすごく制約されてしまいます。逆に、何かしらリスクはあるけれども、自分らしい暮らし方を最大限応援してくれるというドクターが増えたら、おもしろい社会になっていくと思うのです。

Medical Studioは、それを医療者に向けて教育をするという方法で進めていこうとしています。国家資格をもった医師や看護師、薬剤師のような医療サービスを提供する人たちを変えることで、日本の社会を変えていこうとしているのです。

「治す医療」から「伴走する医療」へ

坂本

わたしたちが医療を変えていきたいと考える根拠をいくつか挙げてみましょう。

1つ目は、健康の問題のマルチ化です。たとえば65歳以上の高齢者は、平均的に4つ以上の疾患をつねに抱えています。高血圧とか糖尿とか高脂血症とか、ちょっと骨折しているとかいったことですね。そして日本人は、1年間に1人あたり13回の診療を受けています。これは、世界ダントツトップクラスで、先進諸国の倍です。病気ひとつにも1診療科で終わらず、頭の病気のために、耳鼻咽喉科と内科を受診したりする。

じつは、普通の開業医や一般の診療所のような小さなところにくる患者さんの8割は、40パターンの疾患に落とし込めるんです。つまり40通りに対応できれば、人のことはだいたい診ることができる。できないものは専門医に紹介すればいい。日本にはドクターが30万人いますが、マルチに何でも診られるという人は感覚的には5%くらいでしょうか。他の先進諸国に行くと、そういうドクターが全体の3分の1を占めています。

2つ目のポイントとして、患者の6割は慢性疾患です。慢性疾患というのは、基本的に治すことが困難もしくは不可能な病気です。それをなんとか治そうといたずらに薬を投与したり、手術を重ねたりしていると、やってはいけないことがふえていって、結局、人の暮らしがどんどん制約されてしまう。そうではなく、慢性疾患と気長につきあえるドクターがもっとふえないといけない。

3つ目。日本人のなかで、ある日突然ピンピンコロリといける人は5%未満です。95%は死ぬときに半介助もしくは全介助の障がい者として亡くなっていきます。終末期に医療を引き算しながら、最期を迎えることにつきあえるドクターも全然足りません。

4つ目に、2025年までに29万人が在宅医療を必要とするといわれています。これに対応するドクターとナースの数が圧倒的に不足している。みんな専門分化して病院に勤めているからです。在宅ではナースコールが使えません。ドクターも2週間に1回くらいしか訪問しません。医療装備が整っていない環境で、人の生をちゃんと支えるという医療には、これまでの病院中心の医療とはまったくちがうシフトで考えなければいけません。

5つ目として、前述のように多くの病気が社会起因であるということがあります。生活習慣からくるもの、働き方や家庭でのトラブル、地域でのいろんなトラブルから人は病を抱えはじめています。ということは、身体的な臓器を見て、その不具合だけ治すという医療では何の意味もなさないということです。

6つ目に、いま、療養や入院に際して手厚い保護が受けられるという制度はほとんどありません。企業も全面的にサポートすることは難しい。みんな働きながら治療するしかないんです。たとえば人工透析なら、仕事のあと夜8時くらいに透析クリニックに行って、深夜11時か12時くらいに帰宅したり、お泊まりで透析をして、翌朝クリニックから出社するといったことを、たくさんの方がやっています。また国民の20人に1人はがんを克服し、働きつづけています。それをサポートするドクターにも、これまでとはまったく違う治療方針や方法論が必要となってきます。

そして7つ目。核家族化した現代においては「おばあちゃんの知恵袋」的なものは期待できません。ちょっと不具合が出てきたら、とにかくドクターのところに行くしかない。だったら、自分のことを知っているドクターに気軽に相談できたほうがいいですよね。耳鼻咽喉科、内科、外科とべつべつのところに通っていたら、それぞれの側面からしか診てもらえません。やはり、いわゆる「かかりつけ医」が望ましいのです。

こうしたポイントから、わたしたちは、全人的に診ることができて、生活の支援という視点をもち、ときに必要であれば予防まで足を踏み入れて町に出るような「伴走できるドクター」をもっと増やしたいと考えています。そんなお医者さんをふやす再教育を、民間のわたしたちみたいな団体が進めていくことができたら、面白いことになりそうな気がしています。

ーー

医者は大学を卒業する段階で専門化しているので、あとから教育でマルチに変えていくのは難しいのではありませんか?

坂本

5〜8年くらい前までは、自分の専門をはっきり決めてから医学部を卒業する学生が95%をしめていました。いま、5、6年生くらいの医学生に聞くと、15%くらいは、総合診療系、つまり何でも診られるドクターを目指しているといいます。医学教育が一定の成果を生んでいるわけで、国の施策としても、これまで18だった専門医に、19番目として総合診療専門医を追加すると決めています。

もっとも、私たちが働きかけようとしているのは、医学部を出て10年たったくらいの、30代後半くらいのドクターです。最初の5年間は研修で、さらに5年くらいで指導医的な立場になる。そこで、一部の人は自分の専門科に対する限界を感じ始めるんです。たとえば毎日朝から晩まで手術をしている心臓外科医が、それでも救えない命があるとか、ずっとがんの化学療法をやっているがんの専門医が、結局治せないがんのほうが多いと限界を感じる。そこで方向転換を考える先生に介入していこうとしています。

医師にまちづくり教育を

坂本

全人的に患者さんを診ることができ、かつ地域まで踏み出していこうという人を、私たちは「ジェネラリスト」と呼んでいます。この人たちが集い、学べる場をつくるため、シブヤ大学のようにバーチャルなスクーリングを展開するというのがMedical Studioの中心的な活動です。この「ジェネラリスト・スクール」は3学科構成で、プライマリーケア学科、コミュニティデザイン学科、コミュニティヘルスケアリーダーシップ学科があります。

プライマリーケアとは「一次医療」のことです。医療は基本的に3階層で整備されていて、一次(プライマリー)は、ちょっとした健康上の不具合を面倒見てくれる医療機関ととらえられます。これが欧米では3分の1くらいいるわけです。対する日本にはこれが圧倒的に少ない。

ちなみに二次(セカンダリー)はいわゆる市中病院といわれる、救急車を受け入れられる中堅規模の医療機関です。第三次というのは、いわゆる大学病院のように、高度医療技術を持ち、それを執行するところ。これもピラミッドになっていて、本来は一次が多く、上のほうの三次が少ないはずなんですけど、いまはそのピラミッドが不格好になっています。

いずれにしても、プライマリーケアに必要なのは総合力です。これを広げ、高めてもらうために、モバイルで提供するeラーニングをこの冬をかけて展開していこうとしています。

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欧米では3割を超えるというジェネラリストが日本では5%、その違いはなぜなんでしょうか?

坂本

日本で病院医療が飛躍的に伸びたのは1950年代〜1990年代。1950年ごろまでは、在宅での看取り率って8割くらいあったんです。ところがいまは10%ちょっとですね。病院が専門化、細分化したのがその原因です。医療が未成熟だった時代に比べれば、それぞれが専門化していかないと高度化しませんから、これはある意味必然なんですが、同時に効率を追求すると大病院化せざるを得ないので、集約と機能分化が起こります。

分割された医療のもとでは、結局いくつもの診療科をはしごすることになり、医療費は高騰するばかり。この状況は欧米でも同じでした。しかし欧米の場合は医療システムが日本ほど整備されなかったこともあり、ここまで高度化する前に歯止めがかかったんです。たとえばイギリスでは、高度な医療機関が煩雑にならないよう、必ずそれぞれが契約したかかりつけ医を通さなければ二次、三次の医療機関にかかることはできません。

日本にはいまだに世界に誇るフリーアクセス制(誰でもどの病院でも受診できる)が維持されています。日本は早くから医療保障システムが非常に充実していたため、高度成長期に医療費があがっても、人口増加と生産性の向上によって社会保障を支えられたんです。かつ、国民皆保険制度がいまだに機能している。これはかつての日本の繁栄のおかげです。外国はそれができなかったから一次医療機関をふやした。その担い手を育成するために大学にも予算が投下され、制度設計がされていました。

コミュニティデザインとリーダーシップの育成

坂本

プライマリーケアとして、疾患にどうやって対処するかという臨床的な正確性も必要ですが、貧困や虐待、ゴミ屋敷、引きこもりなど、身体的なこと以外にも患者さんの問題の出発点と考えられることはいろいろあります。それを理解すると、ずいぶんアプローチが変わるはずです。コミュニティデザイン学科では、それをどう解決していったらいいかを構想し、その延長にあるコミュニティデザインの考え方も身につけてもらう。「医療者のための社会学」です。これはeラーニングと集合研修で並行して来年から展開していこうと思っています。

さらにコミュニティヘルスケアリーダーシップ学科では、具体的に自分が町に飛び出して何かしようというときにどういうリーダーシップの発揮の仕方があるかを学んでもらいます。これは合宿型の集合研修で提供するもので、先行して開講しています。

リーダーシップといっても、医者の権威をふりかざして人を引っ張っていくようなものではなく、どちらかというと住民の人たちがやりたいことを聞いて、そこに専門家として「こうしたらできるよ」と支えるような協調的なものを想定しています。

じつはこれが難しいところで、お医者さんというと、これまでずっとピラミッドの上からすべての意思決定をしていた立場の人が多い。でも、この価値観を変えていかないと、いつまでたっても、ドクターが引っ張って、ドクターがいなくなったらそこで地域の医療改革が停滞してしまう状況が繰り返されてしまいます。

さらに、自分たちがやっていることが医療者の独りよがりになっていないか、つねに俯瞰した視点で見る訓練を徹底しています。
その一環として「ケースメソッド」といって、詳細にその地域の状況を設定し、このとき「あなたならどうする」を半日くらいかけて議論してもらう方法をとっています。受講者たちから出てくる医療視点とか、医療者の独善的な判断に対し、こちらから「ほんとにそうですか?」「ほかの視点はないのですか?」「住民からみたら違う考え方がありますよね」「あなたが考えていることは、ちょっと独りよがりかもしれません」とどんどんつっこんでいきます。

このカリキュラムを土曜日の午後から日曜日の夕方までの1泊2日で3セット、半年間繰り返します。札幌と東京、大阪、福岡の全国4か所で同時に並行して開講しています。
研修と並行して地元で進めるマイプロジェクトがあり、講座のたびに進捗を持って帰ってきてもらいます。例としては、一人暮らしの高齢者を支える医師、訪問看護、ケアマネージャ、医学療法士、作業療法士、歯科医など専門職のネットワークづくりや、地域のコミュニティスペースに出向いて認知症や健康管理の啓発セミナーを開催するなどの実践的な活動です。受講者は、つぎの合宿までの2か月間に事後学習と事前学習とともにこうしたマイプロジェクトも進めなければなりません。

日中の座学に加えて、晩飯を食べながら、業界の先輩たちに話をきいて、難しい判断をせまられたときにどうするかとか、挫折したときにどうするかとか、助言をあおぐ場も用意しています。こういった要素こそ、医療者が町にくり出すときに考えたいヒントを獲得できるように設計しています。

住民の目線からはまだまだ違和感があるかも知れません。ただ、少なくともリーダーシップ学科に来ている人たちは、自分たちがいかに医療者目線で考えていたかは気がついてくれています。医療専門者って、課題と方向性さえはっきりすれば、勉強の仕方は知っているので、あとは自分でものすごいスピードで走りはじめるんです。3期目が終わるところですが、まだまだ改善していきますし、これからほかの学科もどんどん構築していきたいと思っています。

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総合診療というかたちで、生活者の生活基盤に起因する引きこもりだとか、うつであるとか、そのような相談にまでかかわっていくと医療者の負担はどんどん大きくなります。経済的な保障はどうなるのでしょうか?

坂本

現在の医療制度は、診療報酬制度といって、ひとつひとつの行為に点数がついています。その点数に応じて医療報酬が支払われます。2年に1回の改定があって体系が変わるのですが、2018年の4月に大きな診療報酬の改定が予定されており、脱病院の動きが確定的になると予想されています。いまでも、生活支援、自立支援まで踏み出していくところにも多少は点数がついています。

ーー

NPOの活動ということですが、行政や当局への働きかけはあるのですか? NPOというかたちがベストなのでしょうか?

坂本

私たちがやりたいことは、制度によって左右されない人材の育成です。診療報酬がつこうがつくまいが、患者のためであり、地域をかえるという意思のあるドクターを育てたいので、いまのところは行政の支援や補助とかをとるつもりはなく、独立した形で機動力をもってやっていきたいとがんばっています。

もっとも、法人格は手段にすぎません。当面は「一般社団法人Medical Studio」でいることが、もっとも自由度が高く、運営しやすい組織形態なのです。
このほか2年前に株式会社メディカルラーニングスタジオという子会社をつくり、私が代表をつとめています。こちらはeラーニングなどのコンテンツ制作に初期投資が必要だったために設立しました。非営利法人は出資ではなく、寄付や融資、貸付に頼るため、大規模なお金を集めるには若干不自由なところがあります。とくにわたしたちのように専門職向けのニッチな活動では、クラウドファンディングは困難と考えてのことです。

講 師

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坂本文武

Medical Studio 代表理事

NPOや社会的責任を果たす企業(CSR)など、暮らしの中の課題解決を本旨とする組織(大手企業およびNPO)に対する経営コンサルティングと、企業の広報コンサルティング業務を経て、現職。著書に『NPOの経営』(日本経済新聞社)、『ボーダレス化するCSR』(同文舘出版)、『環境CSR宣言―企業とNGO』(同文舘出版)等。厚生労働省、東京都、東京都中野区、東京都千代田区などの行政・社協委員のほか、公益社 団法人ガールスカウト日本連盟評議員、慈恵会医科大学非常勤講師(社会学)など。2015年9月まで立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科特任准教授、2016年4月から大正大学地域創生学部准教授を兼ねる米国大学院にて非営利経営修士課程修了。

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