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2016年4月20日(水) Think College Vol.42

地元をなんとかしたいけど、何からはじめればいいか解らない時のヒント
~熱海の地域づくりの事例から~

講師:市来広一郎 (株式会社machimori代表取締役 / NPO法人atamista代表理事)

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世の中の課題に取り組む人のお話を聴いて、一緒に考える講座シリーズ「Think College」。
4月のテーマは「地元の再生」です。

50年前から人口が減り続け、いまや高齢化率は45%超という温泉地、熱海。
その再生は、まちの魅力を再発見し、そこに暮らす人と人をつなぐことからはじまりました。
その問題は、じつは日本全国、どのまちにも通じるものかもしれません。
熱海のまちの再生のお話を聞きながら、わたしたちも、自分のまちやふるさとに思いをはせてみませんか。

50年先行する熱海の「衰退」

市来

熱海では、市と契約すればどこでも温泉が引けるってご存じですか? うちは賃貸の古いマンションなんですけど、お風呂には「水」「お湯」「温泉」って普通に蛇口が3つあるんです。それをひねれば熱い温泉が出てきます。熱海って、そういう「温泉のまち」です。

昭和30〜40年代ごろが熱海の全盛期。百万ドルの夜景、東洋のナポリともてはやされ、新婚旅行や団体旅行、社員旅行でにぎわっていました。当時は、僕らが今フィールドにしている熱海銀座通りも人であふれ、人と肩がぶつからないと歩けなかったそうです。

それが、5年くらい前の平日に歩いてみたら、人っ子一人いなかったんです。

日本の人口は2008年から減りはじめましたが、熱海で人口が減りはじめたのは1965年から。つまり、50年前にはもう衰退がはじまっていたんですね。人口が50年間減少し続けて高齢化率は45%、全国で13%くらいの空き家率も、熱海ではおよそ23%です。生活保護者の比率、出生率、離婚率、四十代の死亡率、どれも静岡県内でワースト1、2。もっとも、熱海だけに限らず古い温泉地ってどこもこんな感じです。

僕は1979年に熱海で生まれ育ち、いま37歳です。両親はこのまちで、企業が保養所として使う宿泊施設の管理をやっていました。小さいころは、いつもお客さんがいっぱいいた記憶があるのですが、僕が中学生くらいのとき、一気に人が来なくなりました。

最近、熊本のほうで地震がありましたが、90年代はじめに伊豆半島、熱海、伊東のあたりで群発地震が起きました。震度4前後の地震が数か月にわたって続くことが2回もあったんです。そこから一気に人がいなくなり、みるみるまちが廃墟になっていきました。旅館、ホテルがどんどん減って、僕の両親が管理していた保養所も閉鎖になりました。同じような保養所は当時600軒以上あったんですが、四分の一に減ってしまいました。

近所のホテルや旅館からも、誰それさんが夜逃げしたとか、自殺したとか、そういう話がいっぱい耳に入ってきました。高校生だった僕は、なんとかしないとまずいんじゃないかなぁと感じはじめていました。

僕はもともと、物理学者を志して大学で勉強していたんですが、二十歳ぐらいのころ旅が好きになって、たびたびバックパッカーで海外に貧乏旅行に出かけていました。そしてもうちょっと社会に出たいと、東京でコンサルティング会社に入りました。そのまま仕事をしていればよかったんですけど、やっぱり熱海をなんとかしたいという思いを捨てきれずにいるうち、仕事が手につかなくなって、ついに2007年、熱海にUターンしたというわけです。

ネガティブな地元感を払拭する

市来

貧乏旅行をしていたころは、ほんとうにいろんなところに行きました。とくに、地元の人たちが楽しそうに暮らしてるまちは印象に残っています。熱海も、そういうまちになっていってほしいと思っていました。

ところが、熱海に帰ってみると、たとえば観光客のお客さんに「熱海でどこかいいところないですか?」と訪ねられたら、地元のほとんどの人が「何にもないです」って答えてしまうんです。

なんでそんなふうに言っちゃうかというと、みんな自分のまちのことを知らないから。知らないから楽しんでないんです。それがとても大きな問題だなぁと思いました。

そして、ぼくが最初に何をしたかというと、とりあえずブログを書きました。

Uターンする1年くらい前から、いろいろ思ったことを、誰が読むのかわからないけど書いていったんです。そしたら、何人か連絡をくれる人がいた。「熱海について何かやりたいと思っている」とか、「自分も熱海に帰って何かやりたいんだ」とか、そういう声が聞こえてきました。そのなかに、地元でホームページをつくっている会社の人がいました。

この人との出会いをきっかけに、「熱海ナビ」という地域の情報を発信するポータルサイトとSNS をはじめました。2007年4月1日、僕が熱海に帰ったのがこのころです。

「熱海ナビ」では、すごい職人肌で熱い思いを持った農家さんとか、和菓子の老舗とか、どこかに面白い人がいると聞けば、訪ねていって話を聞いて発信する。そんなことをひたすらやりました。取材を通して、熱海にもこんなに面白い人たちがいて、こんなにユニークな活動をしているっていうことに気づきました。この人に会ってほしい、この人の生き様を伝えたいって思うようになったんです。

そこで、こういう人たちに会えるってツアーを企画し始めました。「熱海温泉玉手箱」略して「オンたま」。熱海ナビを通して親しくなった人たちと一緒になって、農業の体験をしたり、熱海のまち歩きをしたりするツアーです。

すごい熱海が見えてきた

市来

ツアーといっても実際にやっていることは、いたって単純です。和菓子食べ歩きツアーなら、和菓子屋さんを3軒ぐらいまわって食べて歩く、それだけ。

やっているうちに気がついたんですが、熱海ってほかの温泉地と違って、まちの暮らしが見えるなかに温泉地が共存しているんです。これって、よく考えたらめちゃめちゃ強烈な強みなんじゃないか。

なにしろ1300年前から湧いている温泉があって、まちにあるお店も、老舗ばかり。「うちなんかたいした歴史ないわ」というお店でも、よく聞くと創業明治24年だという。「100年以上じゃないですか!」そういうこともいっぱいあるんです。

僕たちが始めたツアーは観光客向けではありません。地元の人や移住してきた人、別荘地に来る人たちもひっくるめて、熱海にいる人たち向けにやっています。地元だから、リピート率も高くなります。

「熱海って店がなくてほんと困るんだよ」とこぼす地元の人も、じつは、あるのに知らないだけ。1回ツアーをやっただけで、パン屋さんとか和菓子屋さんとか、いい店に出会えば常連さんになってくれます。

さらに、参加してくれたお客さんが、つぎは勝手にガイドになってくれるんです。熱海に移住してきた人とか別荘の人たちには、東京とかよそのまちにもお友達がたくさんいます。そういう友達が熱海に遊びに来たときに、ここにじつはこんな道があるんだよ、こんなお店があるんだよと常連顔で案内できるのって、ちょっとうれしいじゃないですか。

熱海に帰った当初は、「ほんとに何もおこらなそうなまちだなぁ」と、すごく閉塞感を感じていました。でも、熱海ナビやオンたまを続けているうちに、自分も何かしようっていう元気な人たちがあらわれてきました。

最初は関わってくれる人も主催してくれる人も10団体くらいしかなかった。それが3年目ぐらいに変わってきました。2011年には73種類もツアーを企画し、64の団体が主催して、200人くらいが参加をしてくれました。地域でスポンサーになってくれた会社やお店が43団体。メディアもばんばん発信してくれるようになりました。

地元の人でも7割以上が熱海の印象が変わったといわれています。古くさくてつまらなくて平凡でわかりにくくて野暮ったくて活気がない…とさんざんなイメージだったのが、新鮮で魅力的で個性的でおしゃれで活気があるっていうふうに変わった。ビックリですよ。でも僕自身もやっぱりそうだったなぁと思うんです。

まちづくりをビジネスにする

市来

熱海に帰ってきて3年、この先どうするかを考える時期になっていました。当初はなんの事業プランも考えていなかったので、それまでは自分の生活費は塾講師のバイトをしながら稼いで、あとは金にならないまちづくりに力を注いでいました。

とはいえ、この先もこのままじゃ食っていけない。もともとやっていたようなコンサルの仕事を熱海でするという選択肢もありましたが、それではまちづくりを考えることができなくなる。どうするか悩んでいたころです。

ガイドツアーで、まちを歩くと空き店舗だらけ。それを見るとぼくも含め参加者のみなさんもテンションが下がって「なんでこんなふうになっちゃったんだろう」みたいな話になる。これ、なんとかしないといけないなとも思っていました。

そんなとき、熱海のとある会議で、「リノベーションまちづくり」を提唱する都市再生プロデューサーの清水善次さんに出会いました。熱海の話をすると、清水さんはいとも簡単に「熱海のまちは、リノベーションでいくらでも再生できますよ」と言うんです。

リノベーションとは、リフォームとか工事ということではなく、まちそのものの「使い道をかえる」ということ。

「これだ!」と思いました。空き店舗を使いながら、まちに新しいコンテンツを入れていく。熱海には山ほど空き物件があるんです。たった200m四方のエリアに、170くらい空き室がある。いくらでも使えるんですから。

ここで用心しなければならないのが、「補助金」という甘いささやきです。

空き店舗の再生に補助金を使うと、1年間家賃の補助が出ます。ところが、1年後に9割の店がやめてしまうといいます。最初から、補助金ありきの発想になってしまうからです。だいたい、補助金って、現場を知らない国のお役人が「こういうことをやったら補助金つけますよ」とつくったメニューにそったことをやるようになっているもの。

僕自身も、オンたまをやるとき、補助金で三分の一くらいまかなっていました。そうなると、どうしても発想がまちに住む人やお客さんじゃなくて、行政へのほうを向いてしまいがちになる。もう、そういうのと決別しようと株式会社をつくり、補助金は一切使わないでやろうと決めました。

そのときに、それまで3年やっていたことが生きてきました。それまでいっしょにオンたまで干物体験会とかやったりしていた仲間の一人が江戸時代から続く干物屋の五代目の若旦那で、たまたま僕と同い年。一緒に会社をつくろうって話になったんです。若旦那をはじめ、仲間と少しずつお金を出資しあって、会社を立ち上げました。

CAFE RoCAの発動

市来

最初に、3年間空いていた店舗を借りて、CAFE RoCAというカフェをつくりました。Renovation of Central AtamiでRoCAです。

熱海銀座通りの店舗を借りようとしたら、なんと家賃30万円。熱海って、家賃がびっくりするほど高いんです。でも、そんなの個人でお店を地方でやろうという人には払えないですよ。なにしろ、1日に500人くらいしか人が通らないんですから。でも、オーナーさんと話をしたら「若いやつがまちのためにやってるなら家賃下げるよ」って、10万円で貸してくれることになりました。

内装には300万円をかけました。商売をやってる人なら普通のことなんですけど、補助金をあてにせずに、自分たちでちゃんと民間のお金をつかって、投資もして、お店をやって回収することを考えました。カフェの店内にあるテーブルやいす、照明器具など、もらってきたものがほとんどです。ここでもオンたまを通じてできた人とのつながりがものをいいました。

結果、「人のいない地方で店をやること」のたいへんさを思い知ることになります。まず1年目は大赤字です。2年目も赤字。3年目でなんとかとんとん。

でも苦労したおかげで、やっと、このまちで商売をやっている人たちと同じ視点に立てた気がします。いままでは、商売もやったことないのにまちづくりとか言っていましたが、なにもわかっていなかった、ということがわかりました。

一方で、すごくうれしかったのは、この場に、若い人たち、移住してきた人が集まりはじめたこと。そして、地元の人たちの意識が変わってきたことです。

この熱海銀座通りは、熱海でも一番古い通りです。隣のお店なんて表に「創業和銅三年」と書いてある。西暦にすると710年ですよ。そういう老舗も、いまは若旦那が継いでいたりします。カフェを開店するのになぜこの通りを選んだかというと、これからなんとかしていこうという若い人たちがいたからだったんです。もっとも、その人たちでさえ、ぼくらがCAFE RoCAを始めるには「やめとけ、絶対に儲からないから。この通り未来ないから」といっていた。

でもやっぱり、やってみると変わってくるんです。カフェの開店から数か月後、2軒隣の薬局が、店の一部を改装していい感じの雑貨を売るようになりました。ほかにも空き店舗に人が入るようになったり。地元の人たちの下がっていた目線がちょっと上に上がってきたように感じました。

マルシェでファンを開拓

市来

CAFE RoCA開店のあくる年、まだまだカフェは赤字状態でしたが、次の仕事をしようということで、銀座通りを歩行者天国にいして「海辺のあたみマルシェ」というマルシェイベントをやりました。

これは熱海や周辺でものづくりをしているクラフトの作家さんや農家、飲食店などが一堂に集う物販イベントです。狙いは、熱海の中心部に工房やお店をもってくれるような人たちの発掘。

人を集めるのが目的ではなかったのですが、初めてマルシェを開催したとき、地元の人たちが「この通りにこんなに人がいるのっていつ以来だろう?」って言うくらい、歩行者天国になった通りが人でいっぱいになってうれしかった。みんなが楽しそうに買い物をしている姿に、ちょっと感動してしまいました。

最近は用がなくてもこの通りを通ってくれる人とか、カフェにふらっと立ち寄って、誰かしらと会って話して帰る、そんな人が増えました。そういうふうに、このエリアに愛着をもってくれる人たちが増えてきたことが、一番大切かなって思います。

まちへの入り口、ゲストハウスMARUYA

市来

ここまで、熱海ナビやオンたま、CAFE RoCAもマルシェも、なるべく地元や熱海周辺にいる人たち向けでした。そろそろ、外に向けて発信していきたい。昨年9月、ゲストハウスMARUYAという宿泊施設をオープンしました。10年間空いていた元パチンコ屋の物件を、みんなでDIYして、1年近くかけておしゃれに変えていったんです。1泊4000円弱で、30人くらい泊まれるようになっています。

なぜゲストハウスか。熱海って、旅館とかホテルはいっぱいあるんですけど、まちを楽しめる宿ってないんです。みんな、ほとんどまちを知らずに帰っていく。こんなに面白い熱海を体験せずに帰って行くなんてもったいないですよ。

これまでは、そういうふうに楽しめるきっかけがなかったんです。宿に泊まってくれた人には、ひたすらまちとの接点をいっぱいつくっていこう。海から出る朝日の美しさを教えてあげたり、日帰り温泉や昭和レトロな喫茶店にも行ってほしい。干物屋が近所に3軒あります。朝ごはんはごはんと味噌汁だけ出すので、あとは目の前の干物屋で好きな干物を買ってきてください、というふうに。

うれしいことに、ゲストハウスに泊まってくれた人のなかから「熱海っていいな!」と、早くも熱海に移住してくれる人たちが出はじめました。

熱海では20代30代がどんどん減少しています。地方で若者がいないっていうと仕事がないからということが多いのですが、熱海の場合は、家がないことが大きな理由です。若い人たちが住みたいと思える、リーズナブルで魅力的な住宅がない。

そこで僕らは、月1回、第三土曜日に「空き家ツアー」をやって、不動産屋に出ていないような物件を紹介しています。じつは熱海には潜在的な物件はあるにはあるのですが、長年、衰退するまちで夜逃げだなんだと、店子に苦労してきた大家さんは、知らない人には貸したがりません。でも、知り合いを通したりして話をすると「ああ、いいよ」って二つ返事になる。家賃の交渉も、信頼を置ける人があいだに立つだけで簡単に進みます。

これからの熱海、暮らしの提案

市来

次の事業の準備もはじまっています。昭和34年に建って以来、一度も使われていない2階の100坪の空きスペースを利用して、僕らがやっているNPO法人atamistaと株式会社machimoriをなども入居するコワーキングスペースをつくります。6月にはオープンしたいと思っています。

僕は、ゲストハウスもオフィスも、まちの入り口だと思っているんです。そこで週末とかちょっと仕事をしてみたりして、住みたいと思ったら移住してくる。仕事も、熱海で開拓してもらえるようにします。たとえば、ものづくりをやる人たちが、試しに店舗を出せるような小さなブースをつくろうと思っているんですけど、そこでうまくいったら、中心部の通りにお店を持とうとか、そういう最初の「はじまりの場所」に、このエリアを育てていこうと思っているんです。

僕自身、東京で仕事をしていた10年間も、月に1回は熱海に帰っていました。そういう暮らしって、やっぱりいいんです。温泉には入れるし、落ち着ける昭和な喫茶店もあるし、熱海にはほんとにゆるい空気が流れているので、東京で忙しく働いていても月に1回くらい気の抜ける時間が持てるのはすごくいいなあと思っていました。いま、熱海に戻ってこういう仕事をすることができているのも、その経験があったからかもしれません。

移住というとちょっとハードルが高くなりますが、たまに通えるだけでも、1週間、1か月とか、短期間でも住む場所にしてもらったり、いろんな「暮らし方」ってあると思います。そういうことに対応できるようなまちになっていけば、熱海というまちは活性していくのではないでしょうか。

僕が熱海に戻ってきた9年前から変わらず、テーマにしているのは「100年後も豊かな暮らしができるまちをつくる」こと。僕は熱海の、とてもいい環境で育ってきたと思っています。それを次の世代以降にも、いま僕らがいいと思ってる暮らしにさらに何かをプラスして次の世代におろしていきたいと考えています。

といっても、いまお話ししていることって、9年前には、とてもできないと思っていました。最初はブログを書くくらいだった。そこから少しずつ、一歩一歩やってきたことが積み重なって、いまになっている。志は高く、一歩目は低く。とにかく低くでかまわないんです。ぜひぜひ、なにかやってください。さらにディープな話は、熱海でどうぞ。僕も第三土曜日の夜は、だいたいいるようにしています。まち歩きのツアーもやっています。熱海のまちに、ぜひ来てください。

講 師

koichiro-ichiki
市来広一郎

株式会社machimori代表取締役
NPO法人atamista代表理事

1979年熱海市生まれ。東京都立大学大学院理学研究科修了後、海外放浪を経てIBMビジネスコンサルティングサービス(現日本IBM)に勤務。2007年に熱海にUターンし、遊休農地の再生や地域資源を活用した体験交流ツアー「熱海温泉玉手箱」をプロデュース。2011年、中心市街地再生のための民間まちづくり会社株式会社machimoriを設立し、空き店舗を再生したCAFE RoCA、guest house MARUYAを運営。2013年より、静岡県、熱海市などと共同でリノベーションスクール@熱海を開催。
一般社団法人熱海市観光協会副会長。一般社団法人ジャパン・オンパク理事。

株式会社machimori

NPO法人atamista