西武西武渋谷店

2016年11月16日(水) Think College Vol.49

子育てのスタートをみんなで支えよう
〜テクノロジーとコミュニティで私たちの子育てを変える〜

講師:林理恵 (NPO法人マドレボニータ理事)

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世の中の課題に取り組む人のお話を聴いて、一緒に考える講座シリーズ「Think College」。
今回のテーマは「産後の女性の心身をどうケアするか」。
ずっと大昔から私たちのいのちをつないできた妊娠、出産、子育て。
ところが、今を生きる女性の多くは、核家族や少子化、さまざまな社会背景のもとで、
産後についての知識も、必要なケアもないまま、心身ともに不調な状態で子育てをスタートします。
そんな出産と産後のリアルを見つめながら、
パートナーやまわりの人たちとともに、子育てのスタートをどう支え合うことができるのか
一緒に考えてみませんか。

欠けている「産後の母へのケア」

マドレボニータで理事をしております林理恵と申します。6歳と10歳の2児の母です。第2子を出産したのが2010年の9月で、その半年後に東日本大震災が起こりました。6か月のちっちゃな赤ちゃんを抱えて、余震が続いて、不安でろくに眠れないという日々が続きました。非常事態だったこともあいまって、いま振り返ってみると、私も夫も、出産を経て女性の心と身体がどういうふうに変わるかということを知らなかったがために、「適切に対処できなかった」という経験があります。

私がはじめてマドレボニータの産後ケア教室に参加したのは、東日本大震災の直前でした。震災直後、インストラクターが電話をかけてきてくれました。
「大丈夫?」
その心遣いがとても嬉しく、張り詰めていた気持ちが緩んで涙が出たことを覚えています。
これをきっかけに、マドレボニータの活動をひとりでも多くの方に知っていただきたくて、4年間、マドレボニータでボランティア活動をしました。勤めていた会社をやめるタイミングで、マドレボニータの理事にならないかというお話をいただき、このお話の後半でご紹介するアプリの制作リーダーを務めるかたちでこの活動に関わっています。

「マドレボニータ」とは、スペイン語で「美しい母」という意味です。NPO法人マドレボニータは、1998年創業当時、日本の母子保健に「出産後の母親へのケア」が欠けていることに着目し、以来、産後ケアの重要性の周知と実践、そしてそのための教室を運営しています。

子どもを授かると、母子手帳が配布されたり、妊婦検診が無料で受けられるなど公費から手厚い補助があります。出産にも公費が出ます。でも、そのあとはどうでしょう。お子さんには予防接種と検診の無料補助があっても、産後の女性に対しては、ケアが手薄なのが現状です。(2018年12月現時点では産後センターや産後の健診補助などがあります。)

この「ケアが手薄である」ということに対して、マドレボニータは産後の女性の体と心を回復させるためのヘルスケアのプログラムを研究開発しました。おもに産後2〜6か月の女性に対して、産後のリハビリの教室を全国60か所で開催しています。これまでのべ4万人の方に参加していただきました。(2016年10月末時点)

教室の現場を通して気づいたことがあります。それは、出産後、つまり子育てのスタートという大事な時期に、女性は、身体には不調を抱え、心には不安をもって日々を過ごしているということです。

多くの方は不調や不安を解決する方法をもっていません。ネットで検索すると、逆に不安がますような情報にばかり目がいってしまい、さらに自分だけがそうなのかなとひとりで抱え込んでしまうこともあります。この不調や不安がなんなのか、それを解決するためにはどういう事をすればいいか。そのことをまずみなさんにお伝えしたいと思います。

誰が陥ってもおかしくない「産後うつ」「夫婦の不和」「乳児虐待」

出産は、一時のことです。そして、そのあとに長い「出産後」があります。実際、産後ってかなりたいへんです。身体は出産によるダメージで、骨盤はぐらぐら、出産による傷や、赤ちゃんの抱っこで腱鞘炎になり、痛いところだらけ。心は、赤ちゃんの命を自分が守るんだ、育てるんだという思いで張り詰めています。反面、わからないことばかりで不安もいっぱいです。しかも、夫は仕事で忙しいし、核家族がほとんどのため、お母さんが一日中赤ちゃんと二人きりでいる状況になりがちです。

一日中赤ちゃんと2人きりで、大人との会話が宅配便を受け取るときだけ。そういう生活をしていると、社会から孤立していく感じがしてきます。不安に駆られ、いらいらがつのってきます。とくに出産直後は、どんなに穏やかな人でもいらいらしてくるのが普通です。それを知らないと、パートナーも「どうして毎日いらいらしてるんだろう?」と戸惑ってしまう。

不安定になって当たり前。そのことを男女ともに全然わかっていないので、女性は「こんなの自分だけかな? 赤ちゃんが生まれて幸せなはずなのに、どうして?」と自分を責めてしまい、男性は、いらいらする妻を前に、家に帰っても自分の居場所がないと感じるようになってきます。

そうしたすれ違いの先に、「産後の三大危機」があります。「産後うつ」、「夫婦の不和」、「乳児虐待」です。これらは、いずれも社会課題としてはっきりと顕在化しているものです。たとえば「産後うつ」と診断される母親は11人に1人。これは厚生労働省が発表した、医師による診断の数字です。診断はされていなくても、産後うつのような状態になったという方は、私たちの調べでは8割ほどになります。

そして「夫婦の不和」ですが、子どもがいる家庭の離婚で一番多いのは、意外なことに産後2年以内。「乳児虐待」も、ゼロ歳児が4割くらいを占めています。加害者の多くは、実母。厳しい現実です。

「私は大丈夫」と思う方もいるかもしれません。でも、このようなことが「ある」家庭と「ない」家庭とを明確に線引きすることはできなくて、グラデーション状態なのです。ニュースで報じられるような大事件にはいたらなくても、自分にも多少はあてはまると感じる方が多いということです。

マドレボニータでは、これらの問題を引き起こす原因は、「出産によって女性の心と体に起こる変化を知らずに、出産をむかえてしまうこと」にあると考えています。

では、女性の心と体には、どんなことが起きているのでしょうか。

まず、赤ちゃんが生まれると、それに続いて胎盤という、お好み焼きくらいの大きさの臓器がはがれ落ち、産道を通って出てきます。そのあとに、子宮の中から出血や残留物といった「悪露(おろ)」が6-8週くらい出続けます。とくに産後の2か月くらい、およそ6-8週間の間は、全治2か月のけが人と同じ状態だと考えるとイメージしやすいでしょう。

ホルモンも急激に変化します。女性ホルモンというのは、妊娠すると急激に増えるのですが、出産がおわると今度は急激に減少します。体調にもすごく大きな影響が出るので、どんなに若くて元気な人でも出産直後は身体の状態が更年期のようになります。こうしたダメージは、20代で産もうが40代で産もうが、同じなのです。

誰にでも起こることとはいえ、悪影響は最小限に抑えたいし、できればないほうがいいに決まっています。そのためにはどうしたらよいのでしょうか?

出産後の3つの時期

育児雑誌などでは、出産のあとは「育児」となるのが普通です。でも、マドレボニータでは、女性の心と体の回復の段階に着目し、出産後1年くらいまでのあいだを3つの時期に分けて考えます。産後8週間までは「産褥期(さんじょくき)」、それに続く産後2か月から6か月くらいまでが「産後リハビリ期」、そして産後7か月以降が「社会復帰準備期」です。

「産褥期」は、全治2か月の傷がある時期ですから、養生(ようじょう)につとめなければなりません。食事と授乳以外は基本的に寝て過ごします。この時期、赤ちゃんには大体3時間ごとに授乳が必要です。夫が育児休暇をとったとしても、この24時間体制を乗り切るのは相当にきついです。ほかの家族や友人の協力も得たい。そういう方たちが遠方にいて無理なら、民間のサービスから助けを得ることもできます。

「産後ドゥーラ」をご存じでしょうか。産褥期にとくにお子さんとお母さんをサポートしてくれる団体です。ファミリーサポートもあります。こうした外部サービスの利用も、私たちはおすすめしています。

つぎに2〜6か月の「産後リハビリ期」。床上げをして、赤ちゃんとともに、少しずつ外に出かけていく時期です。 ずっと家にこもっていたので、赤ちゃんを連れて外へ出るのは怖いかもしれません。そこをあえて一歩踏み出していく。そして、これもいつもなら普通のことですが、大人の人と積極的に話すことを心がけます。

子どもが生まれると、「○○ちゃんのママ」としか呼ばれなくなることが多いです。人と話していても、話題は子どものことばかりで、自分のことを話す機会がほとんどありません。そういう状況ですが、この時期にはぜひ自分自身を一個の人間として立て直していっていただきたいのです。いずれ仕事に復帰する人もいるでしょう。そのためにも、これから「自分が」どういう人生を歩んでいくかを見つめ直す時期でもあるのです。

1か月間、寝て過ごしていたわけですから、筋力も落ち、疲れやすくなっています。適切な運動で、身体を回復させる、体力を取り戻すリハビリも合わせて進めていきます。

マドレボニータの産後ケア教室では、産後のリハビリに特化したプログラムを開発、提供しています。 そこには、身体のケア、心のケア、それからセルフケアという3つの柱があります。身体のケアでは、体力を回復させるためのバランスボールエクササイズをやります。心のケアでは、私たちが「シェアリング」と呼んでいる、産後の女性同士のコミュニケーションワークをします。ここでは人生と仕事とパートナーシップ、パートナーとの関係といったテーマで、思いを言葉にしていくということをやります。セルフケアは、教室が終わってもご自宅でやれるケアの方法を持ち帰ります。

仲間づくりとコミュニケーション

生後210日までの赤ちゃんとなら一緒に受講、1か月4回のカリキュラムを通し、受講した方同士が、お互いのことを深く知って、のちのちまで支え合える仲間になることもよくあります。

「仲間」にこだわるのには理由があります。子育てって、どの瞬間を切りとっても、小さないのちに対する責任が大きいですし、いろんな場面で判断を求められます。これまでの人生に経験したことのない、たいへんさを感じるものです。そこでは、夫や家族はもちろん、ほかにも仲間がいて、共感しあい、支えあうことが必要になってきます。

さて、リハビリを終えたら「社会復帰準備期」、つまり社会復帰を準備する時期です。7か月を過ぎて、赤ちゃんの動きも活発になり、外に対する好奇心もわいてきます。こうなったら、そろそろ子どもとおとながちょっと離れて過ごす準備を始めます。

自分自身の心の準備のほか、信頼して預けられる保育先も見つけておかなくてはなりません。専業主婦の方であっても、自分がインフルエンザにかかったときなど、もしもの場合に備えて一時保育先を見つけておく必要があるでしょう。

そしてもうひとつ、この時期には夫婦のコミュニケーションをおすすめしています。「お互いにどうしたいの?」「どう働きたいの?」を話し合っていただきたいのです。

たとえば復職後、お子さんが熱を出したときはどうするか。お互いにどんな状況だったら自分は休めるとか、休みがとれないならどうするとか、具体的に話し合っておくことはたくさんあります。ただし、具体的に話す前に、お互いに復職をどう考えているかもしっかり伝え合っておきましょう。妻のほうはキャリアアップを考えて、フルタイムで復帰したいと思っているのに、夫がそれを知らずに「どうせ時短でしょ、仕事を休めばいいじゃん」なんて簡単に言ってしまったら、深刻なすれ違いに発展してしまうかもしれません。

妊娠中からアプリで「ファミリー」をスタート!

ここまでのお話で、適切な時期に、適切なケアが必要なことがわかっていただけたのではないかと思います。あとはどうやって実践するか。これはもう「妊娠中から準備しておきましょう!」という結論に達するわけです。
その方法については、私たちの開発したアプリ「ファミリースタート」を通して説明していきましょう。

準備は大きく3ステップ。「1 準備の内容を知り」、「2 準備の具体的な方法を知り」、そのうえで「3 実際に備える」という流れです。
アプリ画面をご覧ください。下のほうに「お役立ち」「やること」「アルバム」のメニューが並んでいます。「お役立ち」メニューでは、妊娠中~産後を通じて、家族に必要な情報を得ることができます。

「やること」メニューでは、時期や目的に合わせて必要な準備が一目でわかるようになっています。夫婦いっしょに取り組んだほうがいいものには、あらかじめ、ご夫婦のアイコンがついています。

妊娠7週〜20週くらいなら、「産院を決めよう」、「入院中の生活について話し合おう」とか、妊娠16週〜23週くらいなら「赤ちゃんの世話の仕方を知ろう」、「赤ちゃんスペースを整えよう」など、準備の内容と注意点がコンパクトにまとめてあるので、ご夫婦で相談しながら担当者を決めていきます。自分たちの状況に合わないタスクがあれば、それは行わないという選択もできます。こうして、どんなことが必要かを把握していくのが最初のステップです。

このとき並行してやってほしいのが、女性の身体にどんな変化が起きているのかを知ることです。妊産婦のこころとからだの状態について、一般的な情報は、アプリのホーム画面上に表示されます。

その次は、備える具体的な方法と、それを理解するステップになります。たとえば妊娠24週〜31週の「産褥期に備えよう」で「やること」をチェックすると、「産褥期の間取りを考えよう」というのが出てきます。すると、下のほうに「関連するお役立ち情報」が出てきます。ここには、どんな理由でどんなことが必要だとか、こう工夫しようといったことがイラスト入りで開設されています。

そして、3つ目の「実際に備える」にいたるわけですが、じつはこのステップのハードルが意外に高いんです。克服のポイントは、女性1人でやらないということ。このアプリは、ほかの人を招待することによって、夫婦だけでなく、グループでも、1人でも使うことができるようになっています。

ステップを進めていくと同時に、気遣いたいのは、出産をむかえる妊婦の状況です。
たとえば妊娠中、つわりで具合が悪いときにはLINEなどで「つらい」とメッセージを送りたいんだけど、仕事中の夫に迷惑をかけてしまいそうで送りにくい、そんな声をよく聞きます。そういうときは、アプリのアバターの表情を変えるだけで、こちらの体調の変化を伝えることができます。夫も休み時間や通勤途中にさっとチェックできますし、コメントを返すこともできます。そうした情報を共有することで、アプリに招待した友人や母からのサポートも受けやすくなるかと思います。

このアプリの「アルバム」には、妊娠中のお腹の変化、赤ちゃんの変化だけでなく、出産後の女性自身の変化を記録するメニューも設けられています。産後の自分がどういうふうに変化していくかを客観的にとらえることができるようになっているのです。

そして、生後210日ごろになると、赤ちゃんには自我が芽生え、周囲の大人とのコミュニケーションに目覚め始めます。この生後210日をマドレボニータでは「にいまるデー」と呼び、赤ちゃんと一緒に社会に関わり始める記念日としてお祝いしています。

コミュニケーションからコミュニティづくりへ

出産という、夫婦にとって大きな出来事の中では、男女それぞれの考えや認識の違いなどが明らかになる場面がふえてきます。このアプリを利用することで、少なくともお二人の知識の前提をそろえることができます。タスクや目的を共有すると、お互いの意見への理解が深まります。妊娠中から、夫婦以外の周辺の人まで巻き込むことができるというのも、アプリというテクノロジーなら大きな可能性があると感じています。

といってもやはり大切なのは、言葉を交わし、考えを伝えあうリアルなコミュニケーション。このアプリを「話をしようよ」というきっかけづくりに使っていただきたいのです。

コミュニケーションの環のなかに、夫婦二人だけではなく、まわりの人を巻き込んだ子育てのスタートを支えるコミュニティが生まれてくると、産後の三大危機も防げるのではないかと思います。

コミュニティづくりは誰もができることですし、しかも最も効果のある支えになりうるものです。この意味で、私たちは「産褥ヘルプ」という、産褥期を支えるための取り組みを推奨しています。アプリにくわしく書いてあるので見ていただきたいのですが、「産褥ヘルプ」とは、家族だけじゃなく友人もすべて集めて、シフトを組んで毎日毎日交代しながら、家事や育児をヘルプするというものです。

こうした取り組みを通して、コミュニティを醸成していくことが必要な時代になっているのではないでしょうか。今日、参加いただいたみなさんにも、この授業をきっかけに、ご自分やまわりの方が身近な人を支えるコミュニティづくりに取り組んでいただきたいなと思っています。ありがとうございました。

講 師

rie-hayashi
林理恵

NPO法人マドレボニータ理事

新卒でシステム会社に入社。第1子出産後にコンサルタントに転職。第2子妊娠中にマドレボニータの「母となってはたらく」を語るワークショップ、NECワーキングマザーサロンに参加。出産後「産後のボディケア&フィットネス教室」に参加する。第2子育休復帰後に面白法人カヤックに移りWeb制作の受託業務マネジメントを担当。育休復帰後も会社勤めと並行してマドレボニータの正会員としてボランティアチームで活動。人材紹介会社のシステム部を経て、会社員を辞めるのと同時にマドレボニータに入局。現在、マドレボニータ理事。Googleインパクトチャレンジグランプリ受賞企画のプロジェクト責任者を務める。

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