西武西武渋谷店

2017年3月8日(水) Think College Vol.53

ニッポンの手仕事を、どう残していくか?

講師:大牧圭吾 (ニッポン手仕事図鑑 編集長) ・ 青栁貴史 (宝研堂 四代目 製硯師)

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世の中の課題に取り組む人のお話を聴いて、一緒に考える講座シリーズ「Think College」。
今回のテーマは「職人の仕事」です。
日本という国で、昔から受け継がれてきた職人の技。
そこにコンテンツとしての魅力を見いだし、
動画メディアとして広めていく活動をしている人がいます。
ものづくりの現場では、どんな人が、どんな思いで仕事をしているのか。
お話を聞きながら、伝えていくことの難しさについても考えてみたいと思います。

残したい3つのもの・こと

大牧

『ニッポン手仕事図鑑』は、「ニッポンの手仕事を残していく」をコンセプトに、2015年1月に立ち上げた動画メディアサイトです。日本の誇る技術や文化を国内外に動画で発信し、日本のいいものを届けていくことを目指しています。

そのなかでも、ぼくたちはとくに3つの「残す」にこだわっています。

その1つは「記録映像として残す」ということ。職人さんの手仕事を記録する役割は、これまでおもに書物や写真が担ってきました。しかし、それでは細かいところが伝わりきれず、十分な資料とはなりえません。だったら、動画で手順をしっかり残していこう、と映像を撮りはじめました。

ところが実際に撮ってみてはじめて、手順だけを記録してもまったくなんの意味もないことに気がつきました。本当に残さなければいけないのは、職人さんの思いや情熱だったのです。そこでわたしたちは、映像にインタビューを必ず入れることにしました。

残すことのこだわり、2つめは「ビジネスとして残す」ということです。職人さんと話をすると、誰もが販路を開拓できない、知ってもらう機会がない、と口をそろえます。百貨店などで紹介されるごく一部の職人さんを例外として、大多数の職人さんは、いい仕事をしているのになかなか日の目を見ることがありません。そうなると販売ルートだけでなく、後継者にもつながらない。ぼくらは、そういう埋もれてしまっている職人さんをどんどん取り上げていこうとしています。

一方で、じつは職人さんを探している人、知りたいと思っている人は意外に多いことも感じています。そこでわたしたちのメディアを双方の出会いの場として、ビジネスの舞台に発展させていこうとしているのです。

3つめは「発信者を残す」ということ。職人さんの映像を撮りたいというカメラマンは日本にたくさんいます。ぼくらがこの活動をはじめたころ、日本全国のカメラマンから「こういう映像を撮りたいのだけれど、どうすればいいか」という相談をよく受けました。そういう人たちの作品を発表できる場として、意欲のあるカメラマンの優れた作品をどんどんあげていきたいと思っています。

収益はどこからあげているか

大牧

誰に話しても驚かれるのですが、これまでの2年間、わたしたちは映像制作費としては1円もお金をいただいたことがありません。交通費や宿泊費のサポートは受けたことがあっても、仕事として「制作費」をいただいたことは一度もないのです。

では、どのように収益を上げているのか。いちばん多いのは『ニッポン手仕事図鑑』を見た地方自治体から、移住促進のPR映像の制作を依頼されることです。企業のキャンペーン映像の制作を請け負ったこともあります。こうして映像を撮る資金を捻出しているわけです。

もっとも、今後ずっと同じスタンスでやっていくかというと、やはりそれはできません。映像制作をちゃんとした仕事にしていきたい気持ちもあります。それに、これから『ニッポン手仕事図鑑』としてチャレンジしていきたいことがたくさんあります。

そこで、これから3つの新しいサービスを立ち上げ、収益を上げていきたいと思っています。

1つは『ぼくらの工房さがし』というウェブサービスです。
全国いろいろな土地へ行って感じるのは、空き家がすごく多いこと。これは多くの自治体にとって本当に大きな問題だと感じ、なんとか解消したいとずっと考えていました。首都圏では家賃が高すぎて工房を持てない職人さんも多いのですが、なかには自分の工房がもてるのであれば、地方に移住してでも頑張りたいという若い職人さんもいる。そこで、工房として活用できる空き家探しのサイトとして立ち上げたのが、『ぼくらの工房さがし』です。

つぎに『てほんびと』という手仕事専門求人のサイトの立ち上げ。ネットの世界を見回しても、ぼくらが知るかぎり、職人に特化した求人サイトというものはあまり見あたりません。後継者不足という職人のみなさん共通の悩みを解消していくためにも、『ニッポン手仕事図鑑』がやるべき仕事と思っています。

そして『ひとことめぐり商店街』というECサイトです。職人さんと話をすると、ECサイトはいっぱいあるのに、条件がなかなか合わずに参加できないと悩まれている方が多かったからです。

美しい日本を残す=地方の手仕事を残すこと

大牧

そもそも、なぜ『ニッポン手仕事図鑑』をはじめたのか。 ぼくは日本がとても大好きです。だから、6年前に娘が生まれたときに、同じように日本を好きでいられる時代をつくっていってあげたいと思いました。では、自分が好きな日本とは何かをあらためて考えたとき、さまざまに異なった魅力のある地方の集合体だからこそ、日本は美しいのだと気づいたわけです。

いろいろな土地を仕事でまわってきたぼくには、地方の文化を守り、その土地の魅力の源になっているのは、その土地で働いている人だという実感があります。だから、地方で頑張っている人たちの手仕事を残すことが、地方の、美しい日本を残していくことにつながるのではないかと考え、情報発信していくことを思いついたわけです。

じっさいにはなかなか難しくて、もう後継者はいいよ、とあきらめている職人さんもいます。もうどうにもならないという空気を感じる自治体もあります。それでも、そうした地域がなくなっていけば、日本は東京一極集中で画一的になっていき、これまで受け継がれてきた「日本のいいところ」がどんどん失われていくと思うのです。

さまざまな職人さんの情熱や技術のすごさ、彼らが働く工房そのものを見せること。それによって「ここで働きたい」という思いをもつ人たちをふやしていくことはもちろんですが、個人的にいちばん重要だと思っているのは、「職人は稼げる」と伝えていくことだと最近思っています。

「職人」というとどうしても「儲からない、稼げない、苦しい、厳しい」というイメージがつきまといます。でも、本当は全然そんなことはないんです。朝ちゃんとした時間からスタートして、ちゃんとした時間に終わって、ごく普通の現代人らしいリズムで生活をされている職人さんが圧倒的に多いんですね。職人になっても普通の生活ができる、普通に稼げるということをいかに伝えるかが一番重要ではないかと思っています。

2年ほど前に僕たちが映像を撮った、埼玉の枕職人さんのお話をしましょう。廃業した今だからこそ言える、「思いっきり儲かりました!」という話。この職人さんは三代目だったのですが、奥さまが海外の方でした。子どもが生まれて、海外で子育てをするのか、日本で子育てをするのかすごく悩まれた結果、奥さまの国で育てることを決めて、二代目にも相談をして三代目での廃業を決めました。

すると「のれんを買い取りたい」とベンチャーキャピタルの会社、それも3社から信じられないくらいの額が提示された。一瞬だけ迷ったけれど、結局、工房が積み上げてきた歴史を汚すことになりはしないか、残る職人さんが潰されてしまわないか、そういうことが恐くて、断ってしまったそうです。

職人さんに憧れている人のなかには、生活が厳しくなるのでは、と躊躇をして夢を諦める人がきっとたくさんいると思います。それは現実ではありません。すごくもったいない話なんです。

あるとき、東京の町田市で働く職員の女性の方からメールが届きました。バスケットボール選手になるのが夢という小学校2年生の息子さんが『ニッポン手仕事図鑑』の映像を見て、もしバスケットボールの選手にならないときは「この仕事をやりたい」といってくれたというのです。その映像は、さきほどの枕職人さんのものでした。小学校2年生の子どもにも理解してもらえる、何かを感じてもらえる映像なんだという自信になりました。あらためて『ニッポン手仕事図鑑』を頑張ろうと思ったエピソードでした。

職人さんを生で見る経験を

大牧

とはいえ、2年間手仕事の現場を見てきて、映像には限界があるということを痛感しています。
手前味噌になりますが、『ニッポン手仕事図鑑』の映像というのは、カメラマンも優秀で、見返すたびにいい映像だと思うほどの出来です。反面、取材や撮影の現場でぼく自身が感じたものが、映像では伝わりきれていなということを強く感じるのです。

いま、ここに誰かがいれば、絶対にこの職人さんの商品を買いたいという気持ちになるはずなのに、後継者になりたいと思ってくれる人が増えるのに……と感じるのです。そのくらい、職人さんを生で見るということは強烈な経験なんだと思います。それに、映像では生々しすぎて、残すことができない要素もあります。たとえば「どれだけお金を稼いでいるか?」など、インタビューしたとしても、映像では答えてくれないでしょう。でも、もしここに本人がいて、リアルな会話のなかであれば、そういう話を聞けるかもしれません。

ここ最近、地方創生や、伝統工芸を残す仕事につきたいという相談を受けることが多くなってきました。ところが、どういうことをやりたいかを聞くと、映像やSNS、インターネットに関わりたいという声はあっても、意外に「生で見る機会」をないがしろにされている方が多い。

でも、手仕事を残していくために一番必要なのは、この生で見る機会を増やしていくことなのです。これが、ぼく個人が『ニッポン手仕事図鑑』を立ちあげ2年間たった現時点で得た結論です。

きょうも、当初はぼくの話と映像を見ていただく予定だったのですが、あえて製硯師の青栁貴史さんというゲストをお招きしています。「製硯師」というのは、硯(すずり)をつくる職人さんです。

職人さんを生で見る

青栁

硯とは、短時間で墨を「擦(す)る」ための便利な道具です。墨を擦ることのできる石に、擦る機能を与えてあげるのが職人の役割なんです。

硯ができあがるまでをご説明しましょう。まず、山から石を取ってきて、石を切ります。あるサイズまで石を切ってから、四角なら四角に切っておおまかに形を整え、あとは鑿(のみ)で彫り、カンナを入れます。彫り終わったら、よく磨いていきます。

磨いた後に研ぐという作業をします。「とぐ」と同じ音であらわしても「磨ぐ」というのはつるつるにすることで、それに対して「研ぐ」というのは微細な抵抗を与えること。何かをすり下ろす道具に、すり下ろす機能を与えるために施すのが「研ぎ」なんです。研ぎはとても難しい作業です。

仮に四五平(しごひら:硯のサイズ、約135×75mm)の硯をひとつだけつくるとすると、彫りに15分、磨きに15分、研ぎに5分。最後に漆の仕上げをかけるのですが、これに1日。

こうした作業を経て、販売価格がいくらになるか。日本の石を使って、日本の職人がつくったものなら、デパートなどで5000円です。
儲かるか儲からないかというと、もっと割のいい仕事はたくさんあるはずだと思います。

書道に関わる道具づくりの世界では、筆職人、紙職人、硯、墨、みんな天然の材料を相手に仕事をしています。石を彫れば硬い、紙をすけば寒い、墨をつくるのにも力が要る。力を使って、一般の公務員の方と同じくらいの給料は手にすることができます。ただ、工房がないと仕事はできませんから、一人で工房をもっていて、それだけで食べていけるということになると、正直、非常に厳しいのが現状です。

文化の土台を耕す

大牧

宝研堂さんの取材を『ニッポン手仕事図鑑』でやろうと思ったいちばんの理由は、硯そのものの面白さはもちろんですが、ぼく自身も万年筆をもっていて、書くことがとても好きで、書く文化というのがとても大事だと思っていていたからです。スマホ全盛のいま、「書く」という機会が本当に少なくなっているのですが、そんななかでどのように書く文化を残していくか、というテーマに興味があったからです。青栁さんは、「書く」ことが少なくなっているいま、どのようにこの硯の文化、墨の文化を残していきたいと思っていますか。

青栁

硯の文化、墨の文化を残すということで、もっとも重要なことは、筆で書く人が存在しないといけないということ。伝統工芸を継承していくうえで、儲かることは大事ですし、食べていけることも大事です。その前提として文化の土台が耕されることが大事なのです。筆を使う人がいなければ、毛筆で書くという文化は、もうその段階で耕されないのですね。

みなさんがお持ちになっている筆記用具の中で、最上の筆記用具は何ですか。万年筆という方がけっこう多いと思います。とっておきの万年筆とか、こだわりのメーカーがある方もいらっしゃるでしょう。でも、実際に使うときは、インクを吸い上げたり、ペン先を手入れしたり、けっこう面倒くさいものです。そして、万年筆よりも面倒くさい道具とされているものが筆なのです。筆で書くためには、水を用意して墨を用意して硯を用意して、磨って書くための準備が必要です。

毛筆をもたない理由の1つは「字が下手だから」、そう思っている人がとても多い。それは大きな誤解なんです。

私の自宅や事務所の机には、筆記用具が筆と万年毛筆だけしかありません。伝票を書くためにボールペンを1本だけ使っています。正直なところ、筆で書いてしまったほうが早いのです。毛筆というのは誤魔化せるのですよね。そのコツさえつかんでしまえば非常に便利な道具なのです。しかも毛筆でしか表せない表現方法や、毛筆でしか伝えることのできない情報もあります。

ためしに、万年筆を使う代わりに、その先端が毛筆になっているだけの万年毛筆、つまりは筆ペンを使ってみてください。それで、ぜひ、手紙とまでいかなくても、一筆箋などに書いてみるのです。

一筆箋というのは非常に便利な日本の文化ですから、ぜひ使っていただきたい。たくさん書かなくてもいいのです。拝啓とか前略とかはいりませんから「美味しい柿を見つけました、送ります。食べてください」と名まえを書き添えれば、それで受けとった人は嬉しい気持ちになるはずです。そういう一筆箋に、筆がぴったりなのです。

参加者からの質問

Q1

学校でも書道を教えているのに、なぜ筆で書く文化が耕されないのでしょうか。

青栁

そもそも、小学校での硯の使い方が間違っていると思います。それは、教えている先生方が硯の機能性を熟知していないからです。どう教えるかというガイドラインもない。基本的には、いい墨を使って、「字は書かなくていいから、今回の授業は墨を擦るだけでいい」という授業を設ければいいのです。それができないのが現状で、今のところこれが改善されるということはありません。
ですから、自分たちがこういう場でお話をして、みなさんから友だちやご家族へ、硯は便利だぞという話を少しずつ広めていただくしかない。ぜひ、明日からよりよい硯ライフを送ってください。

Q2

子どもに教える前に、おとなが日本の伝統文化を知らないというところに問題があると思います。具体的に子どもに伝えるために、大牧さん、青栁さんはどのような手段をとっていますか。

大牧

問題の1つは、おとなが職人さん、手仕事を崇拝しすぎ、美化しすぎるところだと思います。近寄りがたいという価値観を子どもに植えつけてしまう。これを避けなければいけません。
もう1つ、子どもに対しては、やはり体験だと思うのです。青栁さんの場合、ご実家が書道用具専門店なのですけれど、そうでなくても、いま手仕事の職人さんになっている方は、ほぼ100%に近く、子どものときに手仕事を見ているのですね。「見た体験があるから職人になった」という人しかいないということは、「手仕事を見る機会」を増やすことで、職人さんになりたい人を増やすことができるはずです。その結果として、次の世代へとつながっていくのではないかと考えています。

青栁

自分は小さいころ、硯職人の祖父と、書家の祖父のあいだで生活していました。書家のおじいさんのところでは、3時間墨を擦ると100円もらえたのですね。一方、硯職人さんのおじいさんのところへ行くと、そこでも墨を擦らされて200円もらえた。硯職人さんのおじいさんのほうがたくさんくれたので、よく行きました。そうしたら、書家ではなく硯職人になったというわけです。
家には硯と筆しかありませんから、私の娘も、自分で勝手に墨を擦ります。アンパンマンだって筆で上手に描きます。生活にどれだけ密着するかということが、大人が次の世代に与えてあげられる講義なのだと思います。

大牧

手仕事を残していくことは、自分たちのメディアだけでは絶対に無理。2年間でそれを実感しています。職人さんも一般消費者の方々も、もっといえば日本国民全員で力を合わせて残していくことしかないと思うのです。
そのために一番重要なのは、できるかぎり生で見る機会をつくること。お子さんがいらっしゃるお父さんお母さんであれば、職人さんを生で見せてあげてください。そういうイベントがあれば足を運んでみてください。映像を見て満足するだけではなく、そういう機会をいかに増やしていけるかが、重要だと感じています。

講 師

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大牧 圭吾

『ニッポン手仕事図鑑』編集長

1977年 長野県安曇野市生まれ。動画メディア『ニッポン手仕事図鑑』編集長。映像ディレクターとして、秋田県、長野県、神奈川県、和歌山県など、全国の地方自治体の移住促進PR映像などを手がける傍ら、「ニッポンの手仕事を、残していく」をコンセプトに掲げる動画メディア『ニッポン手仕事図鑑』を2015年1月に立ち上げ、編集長に就任。日本の未来に残していきたい技術や文化を、国内外に向けて発信している。個人ブログ『自分の仕事は、自分でつくる』は、読者数1000名を超える人気ブログ。

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青栁 貴史

宝研堂製硯師

宝研堂硯工房を統括する4代目の製硯師。古硯の修理復元、原石からのオーダーメイドを手掛ける。大東文化大学文学部非常勤講師。

宝研堂
昭和13年創業。書道用具の製造販売を行う専門店。店舗二階にある工房では、硯の製造、修理全般、研磨など硯に関する様々な仕事を行っている。
・住所:〒111−0042 台東区寿4-1-11
・電話:03-3844-2976