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2018年8月1日(水) Think College Vol.57

まちの景色のつくりかた
〜「沼津・狩野川 × 八百屋というメディア」の場合〜

講師:小松浩二(REFS 代表 / 一般社団法人lanescape 代表理事)

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世の中の課題に取り組む人のお話を聴いて、一緒に考える講座シリーズ「Think College」。
今回のテーマは「まちという資源」。
たとえば川の河川敷。
誰もが誰かに遠慮して、誰も使えなくなっていたところを
思い切って活用してみたら、みんなが笑顔になりました。
沼津のまちで、それをはじめたのはなんと「八百屋さん」。
ちょっと視点を変えて、自分なりに行動に移していくだけで、
まちの景色がどんどん変わっていきそうです。

沼津の「八百屋メディア」

小松

REFS(レフズ)はReal food storyの略。Be organicをコンセプトに、有機的な野菜を扱いながら、いろんなことが有機的になればなぁと、活動をしております。
活動の拠点としている沼津は、すごくいいところです。まず富士山。手前が沼津アルプス、その横に大正天皇が愛した御用邸、そして狩野川があって市街地があります。

それなのに6年前、日本で人口減少ワースト6のまちになってしまいました。こんなにいいところなのになぜなんでしょう? いいものがありすぎて、うまく編集ができていないのかもしれません。

ぼくたちの「やさいのセレクトショップ REFS」は伊豆半島の付け根、沼津と熱海の二か所に店舗を置いています。伊豆や富士山麓の農薬不使用栽培のやさいに加えて加工品を扱っています。南伊豆産アシタバのジェノベーゼや、富士宮の在来種で、三軒の生産者だけがつくっている白糸唐辛子、紅茶と烏龍茶を発酵させてつくった日本で唯一の烏龍紅茶、沼津の戸田地区に自生する柑橘のタチバナ。こういう、ほかにはないものを足で探し、生産者と直接お話しながら集めて並べています。

2つの店舗にも個性があって、沼津店はぷらっとお客さんが立ち寄るような雰囲気で、いろいろな加工品やお弁当を販売しています。意外とお婆ちゃん客も多いです。
熱海店は、駅から7分くらいのところにあります。最近は旅行者の方も多いのですけれど、移住者や別荘の方をはじめ客層も多様です。物販と、キッチンというかたちでレストランもやっています。

八百屋をやっていると、地域のいろいろな課題が見えてきます。なので、八百屋に加えて、野菜を販売しながらフィールドリサーチをして、地域の食を見つめるワークショップやイベントを企画コーディネートしたり、「沼津ジャーナル」という地域メディアの運営をしています。

世界で見つめ直した日本の食文化

小松

ぼくは21歳のときに10か月ほどかけてユーラシアを横断しました。その時、やはり美味しいもののまわりには、どの国へ行っても笑顔があって、そういう笑顔になる食を届ける仕事をしたいなと思いました。

反面、たとえばイランではどの地域に行ってもハンバーガーとザムザムというコーラしかありません。日本だったら、ちょっと地方に行けば面白い風土があり、食文化がある。それは日本の面白さに気がついた旅でもありました。

その後東京で食品会社に就職し、バイヤーをしていました。そのときも豊かな日本の食文化を伝えたいという思いをもってはいましたが、デスクワークばかりで、生産地の背景まで伝えられるような仕入れには至りませんでした。結局、27歳のときに会社を辞め、カナダへ行って1年間ほどバンフというところで過ごしました。

つねづねぼくは過疎地域の失われていく文化が無くなっていくのはすごくもったいと感じていました。だから、起業するなら東北あたりかなとイメージを持っていました。いま思えば、ぼくは地元のよさに全然気がついていなかっただけなんです。29歳のときに海外から戻ってきて初めて、沼津って面白いと感じました。過疎地云々をいうなら沼津にも過疎になっていく集落だってあります。そこで、ぼくは地元でできることをまずはやっていこうと沼津で起業することを決心しました。

29歳で起業して、35歳くらいでやっと「有機的な農産物を通じた有機的つながり」の実践みたいなことができ始めたように思います。

相談できる「八百屋さん」

小松

REFSではまずネットを駆使しました。ブログやホームページを活用し、映像や写真を撮ってきてはYouTubeに載せ、畑の物語を伝えたりしていたのですけれど、お客さんはそこまで物語を求めているのかなという疑問が、ふと頭をもたげました。

そこで考えたのが、「八百屋をメディアにする」というアイデアです。
「メディア」というのは媒介を表すミディアムというラテン語からきていて、真ん中のポジションにある人を指す意味合いを持っています。だから八百屋をメディアにして、つくる人と食べる人、畑と食卓、あるいは農村とまちのあいだに置こうというわけです。

すると、八百屋なのになぜか、みなさんが相談ごとを持ってくるようになりました。どういうわけかREFSが民間と公共のあいだの立ち位置になっていったのです。
お婆さんが店に来て地域の困りごとを言ったり、生産者からこういう農産物があるんだけどなかなかよさを伝えられないと相談を受けたり、それに対してぼくなりに何ができるかを日々考えて動いています。

あるとき「一杯のスープをつくる時間」というワークショップをやりました。伊豆半島にあるいろいろな資源をつなぎ合わせ、一年をかけて最高のスープを飲もうという会です。
最初はスープを飲むための食器の材料となる木を切るところから。川から海へ木材を運んだり、水を求めて川の源流を探しにいったり、猟師さんと一緒にトレッキングをしたり……そんなふうに点と点を線にしながら、スープを飲むことを物語にするのです。

これには、あるきっかけがありました。森林で間伐をしているNPO団体のたちが、作業のボランティアを探しているけれどなかなか興味を持ってもらえない、と話をしてくれたことでした。間伐で木を伐ることによって山に光が入る、そうして健全な山にしていくことが、この地域をよくしていくきっかけになるのに……と。

いろいろなフィールドへ行ってお話を聴くと、いろいろな課題があります。その根底にある一番大きな問題は、いろいろな人たちがバラバラにやっているという現状です。それらをつないでいけば解決できるかもしれない。

それがワサビの畑ならば、川と畑がじつはつながっています。それが海なら、沼津が面している駿河湾は日本一深い湾で、とても豊かな魚がいて、その豊かさは天城山から流れてくる狩野川が支えています。そんなふうに、つないでいけば有機的な物語を語ることができるんです。そうすると、地元の方からも「全然知らなかったね」という反応がありますし、東京からも興味をもって来もらえる。そうしていろいろなものをつないで、最終回にはいろいろな食材が食べられるという会をやりました。

この最後の食事をする会場なんですが、川とか海の見える畑とか、ちょっといいロケーションのところで勝手にやってしまう「自由使用」なんですよね。

いろいろ確認をしつつではあったのですけれど、畑でやったときは大変でした。農道というのはわりと地元の人たちのコミュニティーが守っていて、新しいことに対する抵抗感が大きい。法律の問題とは別に、地域のコミュニティーで勝手に新しい使い方をするのはけっこう難しいことなんですね。

カナダの体験から

小松

今やっている活動のベースには、カナダでの体験がかなり大きかったと思います。
会社を辞めたときにカナダに行ったのは、じつは八百屋のほかに宿もやりたいという思いがあり、それを勉強したかったからです。旅や自然の楽しみ方を知ろうということもありました。そのとき1年間滞在したバンフは、バンクーバーから850kmくらい離れて、バスで9時間くらいかかるところにあるカナディアンロッキーの中にある街です。

バンフは、すごくいいところでした。ここに住んでいる人たちって、ただ自然を楽しんでいて、その映像をアップすると、世界じゅうの人たちが面白がってそこに来る。変に地域活性化みたいなことを考えないで、自分がまず楽しむということが重要だということを学びました。

山でもよくバックカントリー(整備区域外)のスノーボードなどをしました。みんな「山は自由に入っていいんだよ」と言うんです。日本とあまりに違うので「何でなの」と聞くと、「自然は誰のもの? 自分のものだし、みんなのものだよ」という。もちろん、そこに行くためには、たとえば雪崩に対する知識をもっていなければいけません。自己責任なんです。その点は本当にみなさん自然のことをよく勉強しているなと思いました。

ところが、日本では、いざ自然を楽しもうとすると、いろいろなところに制限があります。海の近くの公園にちょうどいい岩があるのでちょっと登ろうと思っても、のぼっちゃだめという看板があったりする。日本ではありふれた光景かもしれませんが、カナダから戻ってきた自分にはこの看板が衝撃的でした。

机と椅子で食事会

小松

しかたがないので、日本でできることをさがして勝手にやっていこう。そこで商店街に机と椅子を置いて食事会を始めました。
2011年の東日本大震災のあと、計画停電により街中が暗くなっていました。まちを明るくしたいねということから食事会をはじめました。アンティークの机や椅子でいい雰囲気を演出したら、Twitterなどでけっこう広めていただいて、一回目が10人くらいの会だったのですけれど、その翌月にまたこの会をやると20人になり、それを見た人たちがまた来て100人になって、知らないあいだに大きなイベントになっていきました。

途中までは、参加人数も少なかったので、机がお店からちょっとはみ出たという体で道路の使用の申請をせずにやっていました。あるときテレビの取材が入り「これ(許可を)取っていますよね」「取っていないです」というやりとりに発展。自分たちがただ心地よさを求め楽しんでいたことがパブリックなことになり、「これはまずいなぁ」と。

商店街の歩道の所有者は静岡県。その県道の使用許可をとるため、県や警察にかけあい、かなり大変だったのですけれど、なんとか会場使用の許可の取れたイベントにすることができました。ところが、その商店街だけでは人があふれすぎてしまい、商店街とすぐ近くの狩野川をつないで人の流れを誘導し、写真のような風景になっていきました。

結局、こんなふうにイベントを通じて公共空間の使い方を提案していくと、勝手にやっていることが少しずつ公共的なものになっていくんです。イベントの力ってすごいな、と思います。

「NUMAZU」を発信するさまざまな試み

小松

沼津はバー文化のまちでもあります。それで「美酒美食のまちTHIS IS NUMAZU」と銘打って公園でお酒を飲むイベントを始めました。これも8年くらい前からやっているのですけれど、最初は公園でお酒を出すというのもNGかもということだったし、お金のやり取りって大丈夫なの?っ不安を抱きつつ開催をし、なんだか次第にOKになりました。

バーカウンターは捨てられてしまう干物の木箱を障がいのある方たちにち洗っていただいて使い、福祉の方やバーテンダーの方にも手伝ってもらったりしてかっこよく使ってもらいました。なんとなくかっこいいと、いろいろなことができてしまうんです。勉強になりますね。

こうして点と点をつないで線や面にしていくように、沼津のいろいろなところでイベントをやりながら、地域やまちの資源の活用について提案をしてきました。同時に、東京で流行っているものをもってくるのではなくて、地元の人たちが地域ならではのサービス、食材をどうやって提供し、いろいろな方が主役なれる情報発信を考えたいと思いました。

「沼津ジャーナル」というサイトもつくり、地域の人の“想い”にフォーカスを当てました。「観光」や「アウトドア」など9個のカテゴリーに分けて発信しています。観光やイベントの情報はけっこうアクセスがあって、いろいろなことをバラバラではなく有機的にやっていくと、面白い地域になっていくんだなと思いました。

そして「川」へ

小松

ところで、ぼくのお店は、狩野川のすぐ近くにあります。仕事帰りなどに、海で軽く泳いだり、川べりにちょっとハンモックをつったり、好き勝手にしていたのですけれど、そのうち、もっとこの川を活用したほうがいいのではないか思うようになりました。

河川敷には、国が管理するものがあれば、都道府県が管理するものもあります。ではいったい誰のもの、みたいなことで、けっきょく触れてはいけないもの、使ってはいけないものになっていた。でも、川とはみんなのものだったはずなのです。

そこで、行政の方と一緒に、ふつうはつくってはいけないと思われる桟橋をつくってみたり、バーベキューやカヤックをやったりしています。イベントを提案していくと、意外とかたちになっていきます。

このとき意識したのが、ぼくらと同じ世代だけではなくて、年輩の方や高校生、小さい子どもがも遊べるようにするなど、いろいろな方が楽しめるという公共性です。

そのうちイベントだけではなくて、日常でも活用しようという動きがはじまりまして、「沼津上土町周辺狩野川河川空間利用調整協議会」というものが発足しました。
いままでは川をイベントで使おうとすると、国交省さんにいろいろ申請を出さなければいけなかったのが、この協議会にいえば許可がおりるようになったんです。

5年前、研究会が立ち上がって5か月後には社会実験としてバーベキューをやろうということになりました。次の年には行政の方にすごく頑張っていただいて「都市・地域再生等利用区域」というのに指定され、いつでもバーベキューができるようになるなど、このあたりはすごい勢いで変わってきています。

全国のみなさんに不思議がられるのですけれど、なぜこういうことが可能になったのか? それは国交省や沼津市の方々と一緒に川で飲み会をしたということも大きかったかもしれません。いろいろ心を開いてみんなでやったら、いろいろなことが早く進んだということは、確かにあると思います。

4年くらい前から、河川敷を活用していこうという、「ミズベリング」という取り組みが全国中に広がっています。沼津はその先駆けで、5年前から始まっているのです。
ミズベリング会議というものを国交省さんが開いてくれたのですが、コンサルの方にも来てもらいつつ地元の高校生や子育てのママさんなどにも参加してもらい、具体的な検証会議も進んでいます。

議論のひとつに、植栽帯のことがありました。ベンチに座ると植栽帯が邪魔で川が見えなかったり、植栽帯がゴミ捨て場になってしまったりする。抜いてしまうのはありなんじゃないかということなのです。これまでは市民が言ってもなかなか聞いてもらえなかったのですけれど、でもいま、狩野川は市民の声を聴こうという気運が強くなっているので、ぼくらで提案していこうということになりました。

じっさいにここを芝生にして小さな公園にしようということで、イベントにあわせて、ワークショップを行ったところ、新しい使い方が見えてきました。

ほかには、鯉のぼりを川であげたいという声もありました。というのも、6年くらい前までは、狩野川で鯉のぼりをあげていたのですけれど、国交省の工事の関係で川ではできなくなっていたのです。でもよく話をしてみれば、沼津市と国交省のあいだでうまく話が進めば実現可能ということになり、ぼくらができることから始めました。

1年目は手でもち、2年目は橋にかけてみましたが、これは風で舞ってしまってちょっと失敗。3年目は対岸も利用できることになったのですけれど、予算と管理の問題が出てきて、けっきょくぼくが理事長をやっている「沼津あげつち商店街」が管理することで落ち着きました。翌年には市民ボランティアの会に委ねまして、こうして、狩野川での鯉のぼりが7年ぶりに復活しました。
「とりあえずやってみる」というのが大きかったと思っています。

役所の方たちがどうしてこんなうるさいことを言うのかというと、やはり川は危険なのです。実際、今年の鯉のぼりの時期には増水がありました。川を使う市民の側も、その危険性を意識しておく必要はあると思います。

狩野川の右岸は特区になっていて、カフェが営業できます。鯉のぼりを上げたのが、狩野川の左岸なのですけれど、こちらでは営業行為は難しいんですね。今年は海岸のほうで「On the terrace」というのをやりました。来年はここから展開して、川で水上マーケット的なものができないかなと考えています。

こんなふうにいま、多くの人の意識が少しずつ変わりはじめています。 次のステップとして、川もそうなんですけれど、これまで川に背を向けていた建物を、川に向けさせるということをやっていこうかなと考えています。

一般社団法人lanescape

小松

2017年11月には「lanescape」という一般社団法人も立ち上げました。空き家をいろいろ活用していこうというもので、まずはこの「魚町蔵ノ上」という宿をはじめました。一棟1万5000円で6人まで、石蔵の上で泊まれるんです。すごくいい風景です。そして石蔵に は、珈琲の焙煎所ができました。

この活動は4人でやっているのですけれど、メンバーに市役所の職員さんが入ったことでけっこういろいろやりやすくなりました。
ぼくは八百屋をしつつ、様々なボランティア活動などやっているうちにけっこういっぱいいっぱいになってきました。そこで社団法人をつくり、市役所の職員さんの力も借りながら、いろいろなことを解決していける体制に変えつつあります。そして、これからつぎのステップに入っていこうと思っています。

といってもぼく自信、地域活性化やまちづくりということをそれほど意識してやっているわけではありません。まず自分が楽しんで、それをみなさんに伝えていくと、もしかするとそれがまちの人たちの小さな誇りになるかもしれないし、観光につながるかもしれない。もっともっと面白がって、自分が楽しむだけではなく、それが有機的にBe organicというかたちでやっていければと思っています。

講 師

koji-komatsu
小松 浩二

REFS 代表 / 一般社団法人lanescape 代表理事

1979年沼津市生まれ。日本大学 国際関係学部在学中に一年間のユーラシア大陸横断の旅をする。世界のどの場所でも美味しいもの周りには笑顔が溢れる事を実感し、食に携わる事をライフワークにすると決める。 そしてこの旅で美しい場所、ワクワクする場所には人が自然と集まることも知る。
食品会社にてバイヤー業を務め、理想のおいしいものが溢れる売り場を作るため2009年に沼津で産直八百屋を起業。2015年に熱海店をオープン。
八百屋に来るお客さんの困りごとを聞きながら地域課題解決のキッカケになることを小さく始め、イベントの企画、地域メディアなどを立ち上げる。
2013年狩野川河川敷を活用する社会実験事業に関わり翌年にはこのエリアが「都市・地域再生等利用区域」に指定されBBQ場の運営やイベントの企画などに携わる。
2017年、公共と民間の狭間を面白くしようと、一般社団法人lanescapeを設立。公共空間と遊休不動産の活用を八百屋目線で考え行動をしている。

REFS代表
・沼津あげつち商店街振興組合理事長
・一般社団法人lanescape代表理事
沼津ジャーナル編集長
・沼津上土町周辺狩野川河川空間利用調整協議会委員
・静岡県六次産業化コーディネーター