パリ在住のフードジャーナリスト伊藤文さんのコラム
ラグジュアリーなパリのフード事情
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ラグジュアリーなパリのフード事情
昔からグルメの街として名高い、美食の都 パリ。
パリ在住の食のジャーナリストとして活動する伊藤文さんが、世界中の食通をうならせる
数々の美食の中から選りすぐりのものをピックアップして、毎回お伝えいたします。
パリ在住のフードジャーナリスト
伊藤文さんのコラム
ショコラティエ、パトリック・ロジェ×デザイナー、ハリー・ヌリエヴの夢の共演。
2026年4月7日(火)

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チョコレート界の第一人者でありながら彫刻家としても知られるロジェ。メゾン・エ・オブジェ2026年のデザイナー・オブ・ザ・イヤーを獲得したばかりのヌリエヴとのコラボレーションワークを発表した。

舞台はパリ6区。Crosby Studios が手がける「Crosby Studios Gallery」で、復活祭の時期に合わせて、パトリック・ロジェとハリー・ヌリエヴがコラボレーションワークを発表しました。ロジェは、フランスを代表するショコラティエのひとりで、その気鋭の才は、日本でも高い評価を得ています。2000年にはMOF(フランス国家最優秀職人章)を獲得しており、チョコレートを素材に彫刻作品を制作。さらにそれらをブロンズなどのメタルへと置き換え、形を永続させるアート活動でも知られています。

対するハリー・ヌリエヴは、ロシア生まれでニューヨークとパリを拠点に活躍するデザイナー。その仕事は、Nikeやバランシアガといったブランドの空間演出から、バカラとアラン・デュカスによるプロジェクトまで多岐にわたります。とりわけパリの歴史的邸宅「メゾン・バカラ」では、建築の回廊全面にグラフィティを思わせる刻印を施すなど、既存の空間に大胆な介入をして、パリジャンたちを驚かせました。さらに、パリにスタジオ兼ギャラリーの Crosby Studios(ニューヨークに初めてアトリエを持った場所Crosby Streetに由来するそう)を所有し、既存の家具や素材を再構成するプロジェクト、つまり「Transformism(変容主義)」に基づく作品を数多く手がけて、発表しています。
そんなヌリエヴがロジェの作品に出会い、同じアーティストとして共感を覚えました。環境問題を背景に、廃棄されるチョコレートを何度も用いて彫刻を制作するその姿勢に強く惹かれたといいます。そして、ぜひ一緒にコラボレーションを行いたいという話がまとまり、今回のプロジェクトへとつながりました。

さて、今回のテーマは「チコリ」。ヨーロッパでは春を象徴する野菜として知られています。チコリは暗闇の中、土の下で育つ植物です。「見た目は繊細だが、強い意志を持ち、“出現”という概念を内包している」とロジェ。春の訪れとともに生命が芽吹く瞬間の象徴として、このモチーフが選ばれました。

また、ロジェが地中海に所有していた土地には、彼が愛する亀が生息しており、冬の間に動きの鈍くなった亀が地中のチコリを食べて再び活 力を取り戻す様子を、長年見つめてきたといいます。そうした記憶も重なり、Crosby Studios Galleryではチコリをテーマにしたインスタレーションが展開されることになりました。 奥の部屋には、ロジェが手がけた巨大なチコリのインスタレーションが横たわっていました。高さは約2メートル、重さは600キロ。圧倒的な存在感です。そのチコリをフィルムで覆う役割を担ったのがヌリエヴでした。

多くの観客が見守る中、二人でフィルムを外すと、ロジェは包丁で表面を削ぎ、そこへヌリエヴがハンマーを振り下ろします。作品は砕け散り、その行為そのものがひとつのアートワークとして成立していました。何層にもチョコレートを重ねて作られた断面が露わになる様子は、まるで本物のチコリのようでもあり、その生命力と重なり合う瞬間でもありました。さらに、砕かれたチョコレートは来場者が持ち帰ることができ、どこか生命のお裾分けのような感覚を伴う体験となっていました。

また通りに面した空間には、インテリアとライフスタイルの国際見本市「メゾン・エ・オブジェ」2026で発表されたヌリエヴの家具も展示されていました。アンティークのソファや机、棚にメタリックな素材をまとわせた作品群は、まさに「Transformism」を体現するもの。このプロジェクトにより、ヌリエヴはDesigner of the Yearに選出されています。

その作品に腰掛けながらロジェのチョコレートを口にする体験は、どこかキッチュでありながら、不思議な余韻を残しました。形は壊され、チョコレートは人の手へと渡り、作品は少しずつ姿を変えていきます。すべては生まれ変わり、私たちに命を委ねてくれる。変わり続ける過程の中に、私たちも関わっている。そんな思いの交差に、コラボレーションの本質があったのかもしれません。
Photos/Michael Bandassak, Aya ITO
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